「それがやさしさじゃ困る」を読んだ
2026/01/24
「それがやさしさじゃ困る」を読んだ。子ども世代との関わりかたや、親目線で気づきにくいことなどを鋭い視点で語っていく教育エッセイ。
本書を通じて最も印象に残ったのが「内面化」。たとえば子どもが学校に行けなくなったとき、それ自体は大きな問題ではない。いまどき学ぶ方法はいくらでもあるし、友人を作り社会性を身につける方法は学校以外にもある。しかし親が「学校に行けなくてマズイ」「どうしたら学校に行く気になってくれるか」という態度を取り続けていると、「あぁ自分は学校に行けないダメな子なんだ」と子がその価値観を内面化してしまう。心配せずとも子どもは十分に生きる力がある。過度な心配はその伸びる力を抑制する方向に働いてしまう。
親ができることは、せいぜい子どもにとって安心できる場所を作ることくらいだ。家に帰ってきた第一声が「テストの成績はどうだった?」という成果を確認する一言では気が休まらない。「おやつあるよ」とか「今日ご飯何にする?」とか、子どもがただそこに居られるような声かけが望ましい。子どもを良くしようとするのではなく共にある。コントロールせずに環境づくりに意識を回すべきである。
「その日暮らしの人類学」を読んだ
2026/01/20
「その日暮らしの人類学」を読んだ。最近は脱資本主義というか、社会の競争に揉まれずに生活するようなことに興味があって本を読み漁っているが、多くの本でこちらの本が引用されている。これだけ目に留まるとさすがに読んでみたくなり購入。濃密な内容で一気に読み終えました。
よく引用されているのはピダハンの生活についての記述。ピダハンはアマゾンの奥地に住む狩猟採取民族で、注目されているのが彼らの言語能力。彼らの言語には時制や創作話などが存在せず、自分の身で体験した「直接体験」しか存在しない。つまり誰よりも今を生きている。日本などの近代国家では未来のために今を犠牲にすることが多い。本当にそれでいいんですか、と問うのにピダハンの生活は参考になる。
私たちは本能的に明日も生きていけるか不安に感じる。この不安を封じるために、社会はいまの延長線上に明日や未来が当然来るものだという雰囲気を出す。いずれ来る未来に向けて節約したり努力したりする。予測できる確実なものが喜ばれ、不確実なことはリスクとして取り除かれようとする。(好きな仕事をしようとすると「そんな生き方をしていて社会に迷惑がかかるんじゃないか」と言われたりする)
「Dark Horse」を読んだ
2026/01/19
「Dark Horse」を読んだ。授業や会社、生産ラインなどがすべて標準化・規格化される時代。しかしその道から外れて「落伍者」となった人が輝くことが多々ある。彼らのことを「ダークホース」と呼び、人とは異なる角度から成功できた理由を探る一冊。
まず初めに、現代は「標準化」が進みきった社会である。人と同じようにすることが求められ、同じ土俵で人より優れた結果を出せると評価される。そこで消されたのが「個性」で、経営者や管理者からすると個性はイレギュラーで抑制すべき要素のように見えてしまう。ダークホースはこの個性を大事にする生き方のことを指している。
アメリカで成功に対する意識調査を行なった。その結果によると、他人のことについては金と力が成功の要件、自分のことについては個人的な充足感や達成感を成功の要件と見なす傾向があるという。成功を目指して努力するのではなく、その時々が楽しいから取り組んでいる。ダークホースたちはその時間自体を楽しんでいる。
「家族は他人、じゃあどうする?」を読んだ
2026/01/12
「家族は他人、じゃあどうする?」を読んだ。最近興味をもってるケアの話が主で、竹端さんの著書は3冊目でしたがその中でも一番良かったです。
子供の増えた家族が戸惑う原因のひとつが、それまで生きてきた仕事の世界とケアの世界の違いによるもの。例えば朝保育園に向かう前に子供の機嫌を損ねてしまった際、仕事的な発想では「なんで予定通り動いてくれないんだ」「このままじゃ遅刻してしまう」と感じる。一方ケアでは「機嫌を損ねたのはなぜか?」「それを前向きにするために何ができるか?」と考える。前者は客観的な評価を、後者は本人を主体に物事を捉える違いがある。
小さい子供は自分の感情をすべて伝えることができない。しかしそれでも本人主体で話を進めることはできる。ケアをする側(ここでは親)が問いかけたり観察したりすることで、子が発するメッセージを逃さず捉えられる。それをせずに大声を出して従わせようとするのは、そうして圧でコントロールできたら自分が楽だから。そこにケアする相手への尊重はない。
「虚弱に生きる」を読んだ
2026/01/10
「虚弱に生きる」を読んだ。著者は20代だが体力は老人並みで、体力がない状態で過ごす生活がどのように見えるかを綴ったエッセイ本。これがとても面白かった。
体力がないといっても病気ではなく、いろんな診断を受けても病名はつかない。なので虚弱代表として筆を取ることには気が引けてたが、ふとしたきっかけで「虚弱界隈」という言葉が生まれ、世の中の体が強くない人たちからの共感を集めている。自分も体調に自信がない時期が長かったので(今は元気)、部分的に自分と重ねながら一気に読んだ。
体力がないと「時間」がなくなる。それはたくさん寝ないといけないし、自分のコンディションを保つための運動などに時間を割かないといけないから。運動が大事なのはみんな一緒ではあるが、著者の場合はマイナスをゼロにするために運動が必要。筋トレやストレッチをしてようやく他の人の何もしていない状態と並ぶのだ。ジムに行けたら行って、身体を仕上げるプラスの行為とは前提が異なる。
「ふつうに働けないからさ、好きなことして生きています」を読んだ
2026/01/06
「ふつうに働けないからさ、好きなことして生きています」を読んだ。散歩がてら入った本屋さんで気になって買った一冊。仕事や心身についてのエッセイ集。
著者の方はワークショップやイベントで生計を立てており、主に扱っているのは「茶葉」「イラスト」「本」。これだけ聞くと関連のない3種のように見えるが、著者のなかでは「心を満たし元気にしてくれるもの」として一貫性がある。
いろんなジャンルに手を出しても良いんだろうか?これはここ数年自分の中でモヤモヤしていたこと。プロダクトマネージャーという肩書きで働きつつ、個人開発ではエンジニアとして振る舞い、日記を書いたりと文章にも興味がある。これらをつなぐ共通項もなかなか見えず、「フォーカスが大事」というビジネスシーンでよく聞く言葉を思い出しては悶々としていた。
「大人の幸せは静かだ」を読んだ
2026/01/04
「大人の幸せは静かだ」を読んだ。実家への帰省時に乗り換えで50分待ちのタイミングがあり(田舎です)、本屋に入って読みたいものがないか探してるとアンテナにヒット。狙ってるわけではないが、最近は韓国の日常系エッセイをたまに読んでいる。
本を開いて最初に飛び込んだ文字は「幸せというのは魔法の城ではなく、夏にエアコンのかかった部屋でする昼寝だ」。この一文が示す通り、大振りの幸せではなくささやかな毎日を大事にするエッセイ集。「幸せになる」ではなく「不幸にならない」で生活を考える。
読後、一番心に残ったのは著者のおばあちゃんとの会話。ばあちゃんが何よりうんざりしてるのは、いつかは遊べるだろうって思って生きてきたのに、ハァ、ようやく遊べると思ったらすっかり老いちゃったんだよ。
「弱さ考」を読んだ
2026/01/02
「強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考」を読んだ。著者はNewsPicksパブリッシング編集長の方で、第一線で活躍しながらも体調を崩してしまう。そうして経済社会的に「弱い立場」となった視点から世の中を見つめ直す一冊。
近年、成長し続けることを求められる社会に疑問を投げかける本が増えてきている。「疲労社会」、「ゆるストイック」などはその系統にあたるだろうか。常に勉強し、成長し、結果を出してのみ認められる社会は息苦しい。かといって資本主義をやめれば解決かというとそれも微妙。資本主義は経済をうまく回すハンドルのひとつではあるから。では、どのように折り合いをつければよいのか?
著者は次のように述べている。ゲームはゲームとしてプレイしつつ、「市場価値と、自分そのものは価値とはまったく関係がない」というシンプルな事実を握りしめていればいい。ここでいうゲームとは資本主義のこと。自分のスキルをあげて市場価値を高めれば市場価値が増し、ゲームとしては有利になる。しかし市場価値がないと自分が無価値というわけではない。それは経済の基準で物事を見すぎている。自分は自分、その上で資本主義にプレイヤーとして参加してる、くらいの心持ちがちょうど良い。
「トーフビーツの(難聴)ダイアリー2023」を読んだ
2025/12/25
「トーフビーツの(難聴)ダイアリー2023」を読んだ。歌手、プロデューサー、DJ、トラックメーカーなど多彩な活躍をするtofubeatsさんによる日記。日々のライブや楽曲制作、生活について書かれた日記で、自分の仕事とは畑がまるで違うのに読んでいて面白い。いや、違うから面白いのかもしれない。誰かの日常を知れる日記というのはやっぱり面白い。
日記のなかに神戸や東京が出てくるのも個人的に楽しい。自分も長い間東京に住み、最近になって関西に戻ってきた。時系列的にはちょうどtofubeatsさんと入れ替わりの時期。東京でも関西でもおそらく住んでいた場所が近く、見慣れた地名がよく出てくる。これはあの店のことかな、などと想像しながら読んでいる。
tofubeatsさんを知ったきっかけは本で、このZINEの前々段にあたる「トーフビーツの難聴日記」で存在を知り、楽曲を聴くようになってハマった。KOBE MELLOW CRUISEというフェスで生でパフォーマンスを見てさらに好きになった。素人の言葉で申し訳ないけど、曲やパフォーマンスに加えて楽しむための配慮がされている空気があった。ちなみによく口ずさむのは「nirvana」で、この曲からdodoさんを知って掘ったりもしている。ラップバトルから入ったHIP HOPとたまたま交差する感じもして面白い。
「自分とか、ないから」を読んだ
2025/12/15
「自分とか、ないから。教養としての東洋哲学」を読んだ。著者の名前はしんめいP。しんめいP?なんか怪しい。そう思って手に取ってこなかったが、友人の知り合いであることが判明して一気に距離が縮まって購入。読んでみると大変面白く、しょうもない理由で避けていた自分が恥ずかしくなった。
内容は東洋哲学について、これでもかというくらい噛み砕いて解説している。著者の方は東大卒で一流企業に入るが合わずに退職する。そこで無職の期間を長く過ごし、辛い時期に東洋哲学に出会う。西洋哲学は生き方の追求などの頭がいい感じがして無職で読むとより辛くなる。東洋哲学は「楽になるための哲学」で、これだと思ってブッダや老子のことを調べていき、そのエッセンスを読みやすく書いたのが本書。
いくつかメモした言葉を書く。苦しみの原因、それは「自分」なのだ。









