「家族は他人、じゃあどうする?」を読んだ

「家族は他人、じゃあどうする?」を読んだ

2026/01/12
「家族は他人、じゃあどうする?」を読んだ。最近興味をもってるケアの話が主で、竹端さんの著書は3冊目でしたがその中でも一番良かったです。 子供の増えた家族が戸惑う原因のひとつが、それまで生きてきた仕事の世界とケアの世界の違いによるもの。例えば朝保育園に向かう前に子供の機嫌を損ねてしまった際、仕事的な発想では「なんで予定通り動いてくれないんだ」「このままじゃ遅刻してしまう」と感じる。一方ケアでは「機嫌を損ねたのはなぜか?」「それを前向きにするために何ができるか?」と考える。前者は客観的な評価を、後者は本人を主体に物事を捉える違いがある。 小さい子供は自分の感情をすべて伝えることができない。しかしそれでも本人主体で話を進めることはできる。ケアをする側(ここでは親)が問いかけたり観察したりすることで、子が発するメッセージを逃さず捉えられる。それをせずに大声を出して従わせようとするのは、そうして圧でコントロールできたら自分が楽だから。そこにケアする相手への尊重はない。

「虚弱に生きる」を読んだ

「虚弱に生きる」を読んだ

2026/01/10
「虚弱に生きる」を読んだ。著者は20代だが体力は老人並みで、体力がない状態で過ごす生活がどのように見えるかを綴ったエッセイ本。これがとても面白かった。 体力がないといっても病気ではなく、いろんな診断を受けても病名はつかない。なので虚弱代表として筆を取ることには気が引けてたが、ふとしたきっかけで「虚弱界隈」という言葉が生まれ、世の中の体が強くない人たちからの共感を集めている。自分も体調に自信がない時期が長かったので(今は元気)、部分的に自分と重ねながら一気に読んだ。 体力がないと「時間」がなくなる。それはたくさん寝ないといけないし、自分のコンディションを保つための運動などに時間を割かないといけないから。運動が大事なのはみんな一緒ではあるが、著者の場合はマイナスをゼロにするために運動が必要。筋トレやストレッチをしてようやく他の人の何もしていない状態と並ぶのだ。ジムに行けたら行って、身体を仕上げるプラスの行為とは前提が異なる。

「ふつうに働けないからさ、好きなことして生きています」を読んだ

「ふつうに働けないからさ、好きなことして生きています」を読んだ

2026/01/06
「ふつうに働けないからさ、好きなことして生きています」を読んだ。散歩がてら入った本屋さんで気になって買った一冊。仕事や心身についてのエッセイ集。 著者の方はワークショップやイベントで生計を立てており、主に扱っているのは「茶葉」「イラスト」「本」。これだけ聞くと関連のない3種のように見えるが、著者のなかでは「心を満たし元気にしてくれるもの」として一貫性がある。 いろんなジャンルに手を出しても良いんだろうか?これはここ数年自分の中でモヤモヤしていたこと。プロダクトマネージャーという肩書きで働きつつ、個人開発ではエンジニアとして振る舞い、日記を書いたりと文章にも興味がある。これらをつなぐ共通項もなかなか見えず、「フォーカスが大事」というビジネスシーンでよく聞く言葉を思い出しては悶々としていた。

「大人の幸せは静かだ」を読んだ

「大人の幸せは静かだ」を読んだ

2026/01/04
「大人の幸せは静かだ」を読んだ。実家への帰省時に乗り換えで50分待ちのタイミングがあり(田舎です)、本屋に入って読みたいものがないか探してるとアンテナにヒット。狙ってるわけではないが、最近は韓国の日常系エッセイをたまに読んでいる。 本を開いて最初に飛び込んだ文字は「幸せというのは魔法の城ではなく、夏にエアコンのかかった部屋でする昼寝だ」。この一文が示す通り、大振りの幸せではなくささやかな毎日を大事にするエッセイ集。「幸せになる」ではなく「不幸にならない」で生活を考える。 読後、一番心に残ったのは著者のおばあちゃんとの会話。ばあちゃんが何よりうんざりしてるのは、いつかは遊べるだろうって思って生きてきたのに、ハァ、ようやく遊べると思ったらすっかり老いちゃったんだよ。

「弱さ考」を読んだ

「弱さ考」を読んだ

2026/01/02
「強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考」を読んだ。著者はNewsPicksパブリッシング編集長の方で、第一線で活躍しながらも体調を崩してしまう。そうして経済社会的に「弱い立場」となった視点から世の中を見つめ直す一冊。 近年、成長し続けることを求められる社会に疑問を投げかける本が増えてきている。「疲労社会」、「ゆるストイック」などはその系統にあたるだろうか。常に勉強し、成長し、結果を出してのみ認められる社会は息苦しい。かといって資本主義をやめれば解決かというとそれも微妙。資本主義は経済をうまく回すハンドルのひとつではあるから。では、どのように折り合いをつければよいのか? 著者は次のように述べている。ゲームはゲームとしてプレイしつつ、「市場価値と、自分そのものは価値とはまったく関係がない」というシンプルな事実を握りしめていればいい。ここでいうゲームとは資本主義のこと。自分のスキルをあげて市場価値を高めれば市場価値が増し、ゲームとしては有利になる。しかし市場価値がないと自分が無価値というわけではない。それは経済の基準で物事を見すぎている。自分は自分、その上で資本主義にプレイヤーとして参加してる、くらいの心持ちがちょうど良い。

「トーフビーツの(難聴)ダイアリー2023」を読んだ

「トーフビーツの(難聴)ダイアリー2023」を読んだ

2025/12/25
「トーフビーツの(難聴)ダイアリー2023」を読んだ。歌手、プロデューサー、DJ、トラックメーカーなど多彩な活躍をするtofubeatsさんによる日記。日々のライブや楽曲制作、生活について書かれた日記で、自分の仕事とは畑がまるで違うのに読んでいて面白い。いや、違うから面白いのかもしれない。誰かの日常を知れる日記というのはやっぱり面白い。 日記のなかに神戸や東京が出てくるのも個人的に楽しい。自分も長い間東京に住み、最近になって関西に戻ってきた。時系列的にはちょうどtofubeatsさんと入れ替わりの時期。東京でも関西でもおそらく住んでいた場所が近く、見慣れた地名がよく出てくる。これはあの店のことかな、などと想像しながら読んでいる。 tofubeatsさんを知ったきっかけは本で、このZINEの前々段にあたる「トーフビーツの難聴日記」で存在を知り、楽曲を聴くようになってハマった。KOBE MELLOW CRUISEというフェスで生でパフォーマンスを見てさらに好きになった。素人の言葉で申し訳ないけど、曲やパフォーマンスに加えて楽しむための配慮がされている空気があった。ちなみによく口ずさむのは「nirvana」で、この曲からdodoさんを知って掘ったりもしている。ラップバトルから入ったHIP HOPとたまたま交差する感じもして面白い。

「自分とか、ないから」を読んだ

「自分とか、ないから」を読んだ

2025/12/15
「自分とか、ないから。教養としての東洋哲学」を読んだ。著者の名前はしんめいP。しんめいP?なんか怪しい。そう思って手に取ってこなかったが、友人の知り合いであることが判明して一気に距離が縮まって購入。読んでみると大変面白く、しょうもない理由で避けていた自分が恥ずかしくなった。 内容は東洋哲学について、これでもかというくらい噛み砕いて解説している。著者の方は東大卒で一流企業に入るが合わずに退職する。そこで無職の期間を長く過ごし、辛い時期に東洋哲学に出会う。西洋哲学は生き方の追求などの頭がいい感じがして無職で読むとより辛くなる。東洋哲学は「楽になるための哲学」で、これだと思ってブッダや老子のことを調べていき、そのエッセンスを読みやすく書いたのが本書。 いくつかメモした言葉を書く。苦しみの原因、それは「自分」なのだ。

「勝負眼」を読んだ

「勝負眼」を読んだ

2025/12/11
「勝負眼」を読んだ。サイバーエージェント藤田さんの新作で、週刊文春の人気連載をまとめた形。藤田さんといえば最近社長を交代することを発表して話題となったが、そういう会社の成熟、移り変わりみたいな話題が多い(あと麻雀の話が多い)。 自分が就活の頃、サイバーエージェントはメガベンチャーの代表とされており、説明会や選考にも参加した。他の会社が貸し会議室で説明会を開催するのに対し、サイバーエージェントは大きなホールを貸し切って開催し、最初に藤田さんからのメッセージが巨大モニターに流れる演出をしていた。その当時から藤田さんの見せ方へのこだわりはすごいと思っていたが、本書でもそのあたりは何編か書かれている。 本書で一番印象に残ったのは以下の文節。クールジャパンは日本の文化の良いところを世界に広めようとしているに過ぎない。一方で、クールコリアは自国の文化を世界水準に高めることを目指している。クールジャパンは何か違うなと思っていたが、その理由をズバリ指摘している。今の時代良いものはグローバルで課金される。なのでサービスやプロダクトは世界基準を目指すべきだ。

「歩く マジで人生が変わる習慣」を読んだ

「歩く マジで人生が変わる習慣」を読んだ

2025/12/01
「歩く マジで人生が変わる習慣」を読んだ。著者はNewsPicksの編集者の方。ある時一足の靴に出会い、歩くのが楽しくて仕方なくなる。これはどういうことなのかとリサーチし、その内容をまとめたのが本書。 この本の存在は以前から知っていたが手が伸びなかった。それは「歩くのが健康に良いこと」はもう知っているから。「脳を鍛えるには運動しかない」や「運動脳」で語られ尽くしている気もしており、新しく知ることはあまりないかもな、と。友人との会話をきっかけに読んでみたところ、半分は前述2冊と重なる内容、半分は新しい内容といった感じで、知らないことも多々あって面白かった。 例えば「歩くと脳がよく動く」というイメージがあったが、これは間違いらしい。そうではなく、現代人の脳は常に動きすぎて疲れている。歩くことで身体優位になり、頭の中が空になる。そうなると適切に余白ができて良い思考ができるという順序らしい。歩くのが思考に良いという意味では一緒だが、このロジックを知っているとちょっと楽しい。

「傷つきやすさと傷つけやすさ」を読んだ

「傷つきやすさと傷つけやすさ」を読んだ

2025/11/22
「傷つきやすさと傷つけやすさ ケアと生きるスペースをめぐってある男性研究者が考えたこと」を読んだ。最近はケアの本をよく読んでいるが、その中でも本書は3本の指に入るくらい面白かった。本屋でたまたま手に取った本なので、出会いに感謝。 まずは冒頭のくだり、「我思う、ゆえに我あり」でお馴染みのデカルトについて。彼は「自己」についての考えを書いていたが、そこには彼の身の回りを世話していた人物への言及がなさすぎることを指摘する。さらにデカルトは貴族の出で受けた教育も良い。特権を享受しつつもそれを自覚せず、あたかも普遍的なもののように表現することはケアを無視しすぎている。この指摘がまず面白い。 そしてケアを無視していることは現代にも通ずる。例えば会社での競争主義は男性が中心となっており、それは家にいる女性にケアを押し付けて成り立ってきたものといえる。自分はいまそれなりに仕事もできて楽しく過ごせているが、それは自分の才能や努力のおかげではなく、そもそも家の中が落ち着いて勉強できる環境で、困ったら塾に通わせてくれる親の考えや投資があり、その結果大学まで何不自由なく進めたことが要因として大きい。しかし気を抜くとそれを忘れてしまう。これはケアにスポットライトが当たりにくい状況を意味する。