孤独な夜の過ごし方

孤独な夜の過ごし方

2024/11/29
どうにも寂しい夜の過ごし方。本を読む、日記に考えてることを書き出す、散歩に出る、人に頼る。本の種類は何でも良いが、技術書やビジネス本よりは小説やエッセイが良い。本に目的がありすぎると昼の思考になる。夜はもっと間接的で良い。 エッセイは誰かの考えや生活に触れられる。いろんな人がいろんな場所で考え事をしてるんだなと理解することは、何かに囚われた気持ちを解放してくれる。小説はストーリーテリングで物語の世界に没入させてくれる。映画やアニメよりも想像力が求められるので他のことを考える余裕などない。寝る前に「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を読み進めてから寝ていたときは心身ともに調子が良かった。そういうハマれる小説を常に探している。 モヤモヤで苦しいとき、逃げずに逆に向き合う。本当の悩みは考えないようにしてもすぐに戻ってくる。文字にして書いたり、散歩しながら独り言をつぶやいたりして自分が何を嫌に思ってるのか、何をずっと考えているのかを洗い出す。モヤモヤの根本原因が分かると意外に楽になる。人間は1日に3万回以上考えるが、その9割は無意識らしい。原因が何か掴んでおかないと、無意識でもモヤモヤに触れ続けてしんどくなる。

日記を本の形にしてみたら

日記を本の形にしてみたら

2024/11/29
今日で今の会社で働いて丸3年らしい。それまで新卒からずっと同じ会社で働いていたので変化を恐れる気持ちもあったが、いろんなことを経験できたので転職して良かった。職種を変えたことで手を動かすより考える時間が増え、それに伴い興味関心など自分の理解も深まった。 この日記も3ヵ月以上続いていて、そろそろ過去に何を書いたか振り返りたくなってきた。サイトに検索機能をつけても良いがもう少しアナログにしたい。3ヵ月ごとに本の形にまとめると面白いのではないかと思って最近調べている。電子書籍ならEPUBという形式に変換すれば良い。印刷する場合もEPUBにしておけば何かと取り回しが利きそうなのでまずはここを目指す。WebサイトはHTMLという技術で作られるが、EPUBはその変化系で基本的な部分は共通している。試行錯誤しながら読みやすいデザインを調整している。 確認がてら自分でパラパラと読み返すのだが、めっちゃ自分のことなので面白い。当たり前だがどの日の日記も自分が当事者。内容を覚えていない回もあるがそれも自分の考えの確認になって良い。気になったのが締めの言葉で、「〜していきたい」とか「〜と思っている」みたいな、総括っぽい表現が繰り返されている。ビジネス文章では最後にまとめがある方がメッセージが伝わりやすいが日記では必要ない。無理にまとめず、問いやモヤモヤを抱えたまま終わっても良い。

時間をどう使うかが誠意の表れ

時間をどう使うかが誠意の表れ

2024/11/24
読書中に話しかけられる。このとき本を閉じて話を聞くこともできるし、曖昧に返事をして読書を続けることもできる。話の内容や関係性によっても変動するが、何を大切にするかとは時間の使い方だというのは覚えておきたい。 最近友人の勧めで「愛を伝える5つの方法」を読んだ。著者はベテランの結婚カウンセラーで、いろんな夫婦やカップルを見てわかった人間関係の秘訣を書いている。愛とは燃え上がるような恋愛だと思っている人が多いが、出会った当初の初期情動には期限があり2年ほどしか保たない。良い関係を築くにはこの情動が落ち着いた後の行動こそが重要で、行動とはつまり選択により愛を示すこと。相手のための時間を優先することが愛の示し方である、と書かれている。 上司と部下が仕事やプライベートな話を定期的にする1on1という文化がある。部下のための時間と銘打たれているが、実際話を聞いているフリをして別の仕事を考えたり作業したりはできてしまう。ヒエラルキー的に上司は強い立場なのでそれを指摘する部下はいない。しかし、ちゃんと話を聞いてくれてるかどうかは必ず伝わる。今後何かで悩んだときにその人に相談することはないだろう。一方、仕事で忙しいのに自分のために時間を作ってくれ、パソコンを閉じてしっかり向き合って話を聞いてくれる上司もいる。申し訳なく思いつつも、自分が大切にされるのはやはりうれしい。その人に出会えたことに感謝するし、自分もこうありたいと思わせてくれる。相手への気持ちは行動に出る。

使いやすいデザインを考える

使いやすいデザインを考える

2024/11/22
Webの仕事をしていると「デザイン」の意味がとても広いことが分かる。見た目の装飾だけでなく、ユーザーの行動の設計もそこには含まれる。デザイナーの仕事は多岐に渡り、ユーザーへのインタビュー、コンセプト設計、見た目の装飾、イラストを描く、アイコンやバナーの作成、ときにはプログラミングも行う。 とはいえ、元々デザインという言葉から連想していたのは見た目のデザインだ。私は使いやすいデザインに関心があり、使い心地の良いサービスと悪いサービスの違いを長年気にしてきた。 使いやすいサービスは文字サイズや余白感、画像や影の使い方が適切で、なんとなく画面を開いていて居心地が良く、窮屈な感じがしない。あるページを見た時に大事なものから順に視線が誘導されるが、それは文字の大きさや色使い、配置により実現される。さらに、その色や配置のパターンは複数ページで同じように適用する。使っていくうちに「決定ボタンは大体この辺にある」「下線が引かれたテキストはクリックできる」などとユーザーが学習する。一貫性がもたらす効用だ。

シンプルな文章を書く

シンプルな文章を書く

2024/11/18
「Simple 「簡潔さ」は最強の戦略である」という本を読んだ。私はシンプルという言葉が好きで、本のタイトルにそれが入っていると大抵買ってしまう。本の著者はアクシオスという会社の創業者で、アクシオスは短く要点をまとめたニュースレターで一躍有名になったオンラインメディアらしい。短く簡潔にというのがポリシーで、本の内容も仕事術というよりは文章の表現に関するものに多く触れられていた。 コンテンツに溢れ、すべての情報に目を通すことはできない時代になっている。その中で読むべきニュースと、「なぜそれが重要か?」を短文にまとめて配信する。この形式は現代の情報収集にとてもマッチしている。ただしこれは情報収集の効率化においては有効だが、小説やエッセイなど文章そのものを楽しむケースにおいては適用すべきものではないので注意したい。ストーリーや日記を要約してしまっては大事なエッセンスがこぼれ落ちてしまう。 このWeb日記を書き始めてから、脳内で考えたことをそのまま書き出すことに興味がある。そうなるとタイトルの付け方や見せ方、文章をいかに削るかといったことは重視しなくなってきているが、仕事関連の文章ではそれをすべきだと感じた。「文字を削るのは読み手に対する誠意」と本にはあるが、確かに同じ情報量を得られるのであれば短い時間で読めるほうがよろこばしい。

図書館で貸出カードを作った

図書館で貸出カードを作った

2024/11/17
新しい散歩コースを模索中だが、歩いていると近くに図書館を発見した。図書館で本を借りるのは東京に住んでた頃はよくやっていたが、関西に来てからは立地的に難しく、利用する機会をなかなか見つけられずにいた。こんなに近くにあるならと立ち寄り、貸出カードを発行してもらう。同時に15冊まで借りられるらしい。そんなには読めないだろうが、良い場所を見つけた。 その図書館はさほど大きくないが、今の時代は図書の取り寄せができるので不便しない。インターネットで欲しい本を探して予約しておけば、最寄りの図書館に届いたタイミングで通知がくる。返却の際もブックポストがあり、図書館が閉まったあとでも返すことができる。便利な仕組みが整っていてありがたい。 最近読んだ「集まる場所が必要だ――孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学」では、図書館のような公共施設の重要性が書かれている。カフェやショッピングモールのような商業施設はお金を払った対価として良い時間が手に入る。お金を払わない人は客と見なされず、対象となる人を選別する性質がある。一方図書館は無料で誰でも利用できる。学びたい、交流したい、そこに在りたいすべての人を肯定する。私は公園が好きだが同じような理由かもしれない。何の条件もなく、ただそこにいることを許されるのは心地よい。

日記を朝に書く

日記を朝に書く

2024/11/15
なんとなく日記は夜に書くイメージがある。小学生のときの夏休みの宿題は、その日に起きた出来事を振り返って書く絵日記だった。起こったことを書くスタイルでは夜にしか書けない。 最近は朝に日記を書くのが良い気がしている。夜に書くとその日起きた出来事が中心になるのに対し、朝は自分の心の中の大切なことついて描写できる。しんどいことや辛いことがあっても、夜寝れば忘れられることもある。朝起きてもまだ引きずっているものがあれば、それは自分にとって大事なことなのでちゃんと向き合う。 日記を書く効用はいろいろな本で書かれている。バイブルの一冊である「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」では、モーニングページという毎朝脳内を書き出す習慣を推奨している。思ったことをただそのまま書き出す。誰かに見せるものではなく、自分の関心や恐れをただ文字にする。これが想像以上に心を楽にしてくれる。

良いユーモア 悪いユーモア

良いユーモア 悪いユーモア

2024/11/13
年末が近づくとM-1の話題が多くなる。M-1は関西では圧倒的視聴率を誇る番組で、私も学生時代から毎年欠かさず見ている。今年は何度か劇場にお笑いを観に行っていて、テレビでまだ見かけない若手の面白さを知れてさらに楽しみが大きい。応援しているのはエバース、バッテリィズ、たくろう。真空ジェシカには今年も決勝で笑わせてもらいたい。 お笑いは素晴らしい文化で、仕事の場でも役立つことが多い。例えば会議で特定のテーマについて話していて、話題が行き詰まるときがある。そんなときユーモアのある一言が差し込まれると頭が解きほぐされ、そこから次のアイデアに繋がったりする。失敗をポジティブに転換できるのも素晴らしいところだ。芸人は過去の自分の失敗談をエピソードトークとして昇華する。仕事で失敗したとき、後悔をいつまでも引っ張る必要はない。十分に反省したら、あとは自分の情けない話として笑いにするくらいがちょうど良い。 星野源は自身のエッセイ「いのちの車窓から」で、学生時代に大便を漏らしたことが自分の暗さを形成したと書いている。そ体験は彼の中で長らくトラウマになっていたが、その後とあるオーディションでその話をすることになる。するとその役がたまたま「うんこを漏らす」役で、見事合格。自分の辛い過去が仕事につながり、心の持ち様が変化したことを綴っている。辛い出来事、大きなコンプレックスはなかなか人に話せず自分だけで抱えてしまう。それを人に笑い話として話せたとき荷物は軽くなる。自分のなかでその経験を何かに繋げ、ストーリーにすることで他者に話しやすいものになっていく。

心地よいものに囲まれる

心地よいものに囲まれる

2024/11/12
部屋を見渡すと実は気に入っていないものがあることに気づく。昔はよく着てたけどもうしばらく着ていない服、丈の長さが微妙に足りていないカーテン、買ってはみたけど思ったより部屋に馴染まないラグ。慣れると意識しなくなるが、こういうものが実は細かく生活の快適度を下げている。 「私の生活改善運動」という本の中で、自分が本当に気に入ってるものだけを周りに置こうという一節がある。本を読んだ直後それに従って部屋を整理したところ幸福度があがったため、定期的に思い返しては部屋を片付けている。私はリモートワークで家で働いているので、とくに部屋で過ごす時間が長い。お気に入りのもの、しっくりくるものに囲まれていると良い気分で一日を過ごせる。 部屋のなかの気に入ってるものや場所をリストアップしてみる。私の場合、壁掛けの時計、照明、ダイニングテーブル、読書用の椅子、観葉植物などはよく気に入っている。キッチンのゴミ箱やいくつかのマグカップ、ローテーブルはあまり気に入っていない。こういうものは処分する。まだまだ使えて捨てるのが勿体無い場合は、メルカリやジモティーで誰か欲しく思ってくれる人に譲る。テレビは音響が微妙であまり気に入っていないが大物すぎて処分に迷う。テレビ用のスピーカーを買い足す方向で解決するつもりだが、映画やドラマをそんなに見るわけじゃないので二の足を踏んでいる。本音ではテレビごと処分したいが、NetflixやAmazonプライムを見るときにちょっと便利ではある。洋服は引越しのたびに捨てていてかなり数も減っている。前述の通りリモートワークで人と会う機会も少ないので十分事足りる。家でリラックスして着れる服の割合が増えている。

習慣に関するNのこと

習慣に関するNのこと

2024/11/11
昨日仕事終わりに本屋に立ち寄った。ふらふらと本を眺めていると目に留まったのが習慣本のコーナーで、習慣についての本がこんなにたくさん出版されていることに驚いた。習慣が人生を変える、その習慣があなたをダメにする、統計からみる習慣、etc...。実にさまざまな角度から習慣について触れられており、自分の知らない間にひとつのジャンルになっていることを知る。 私が読んだ習慣本のなかで一番心に残っているのは「ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣」で、今でも参考にしている考えが多々ある。習慣はできるだけ小さくする、場所に紐づける、何かの行動と行動を関連づけるなどなど。特に面白かったのは習慣に対するご褒美の話で、例えばダイエットを目標ににする場合、3ヵ月続いた褒美としてデザートを自分に与えてしまうとうまくいかない。これは習慣で達成したいものとデザートとが正反対のベクトルを向いているから。そうではなく、ダイエットのご褒美としてはマッサージやスパなど体を良くするものが相応しい。同じ方向性のもので揃えるのが大事。 三日坊主についての記述も面白い。習慣化しているとどうしても面倒になるときが来る。もし習慣が途絶えてしまった時はどうするか?できるだけ早く、小さく再開することが重要と著者は言う。例えばランニングに行けなかった次の日は必ず外に行く。ランニングするのが一番だが、それが億劫な場合はランニングウェアに着替えるだけでも良い。昨日できなかった分も、と今日を気張る必要はなくただすぐに再開することが大事らしい。また、三日坊主になっても三日は達成できたという考え方もできる。習慣の行動は「自分がなりたい姿」へ一票を投ずることだと表現しており、この表現は自分的にしっくりきてよく思い出す。ギターの練習を1ヵ月してなくても音楽を諦めたことにはならない。習慣や目標の設定を自分に合う形にできなかったまでで、やり方を工夫してまた再開すれば良いだけである。