ベクトルではなくスカラーの大きさが人生を豊かにする

ベクトルではなくスカラーの大きさが人生を豊かにする

2025/01/31
良いことでも悪いことでも振幅が大きい方が人生が豊かになる。いつも通りの日常も平穏で素晴らしいが、新しい趣味を始めたり未経験のことにチャレンジするのは素晴らしい。その結果思うようにいかなかったり、挫折したりすることもあるがそれも味。その時はネガティブな経験だったとしても後の人生で伏線回収できる機会がある。生存者バイアスがかかってる気もするが現時点ではそう思う。 成功した起業家の行動パターンを分析した本「エフェクチュエーション」で、失敗時にかかるお金や時間の許容度をあらかじめ定めておくという章がある。もし最大の失敗をしたらどうなるか?自分はそれを受け入れられるか?失敗は怖いが、実際のダメージを計測することで正しくリスクを管理できる。リスクを取らず何もチャレンジしないこともまた機会損失というリスクになっている。動かない場合のリスクは評価しづらいが、例えばWebサービスだとトレンドについていかないと陳腐化して競合に負けるなどがある。自分はコロナ禍やリモートワークにより"静"がデフォルトになっている感があるので意識的に動く機会を探す必要がある。 新しい場所に行く、新しい人と会う、新しいことを始める、新しいジャンルを学ぶ。前職の同僚が飲み会で「お金より色々な経験をすることに重きを置いている」と言っていたが、実際彼は数年後会社を辞めてデンマークに留学していて驚いた。ここまでは行かずとも多少は自分にも取り入れたい。

良い日を増やす

良い日を増やす

2025/01/27
「ゾーンに入る EQが導く最高パフォーマンス」を読んだ。集中したバッターは稀にボールが止まって見える。極限まで集中したその状態をゾーンと呼ぶが、ゾーンに入るの非常にレアで目指しにくい。本書ではその一歩手前、「オプティマルゾーン」を目指すことを推奨する。オプティマルゾーンとは「良い日を過ごせたな」と満足できている状態のこと。オプティマルゾーンはゾーンよりも具体的で目指しやすい。 どうすれば良い日を過ごせるか?一日の終わりに自分は全力を尽くしたと思えるように過ごす。大勝利でなくていい。重要な一歩でなくていい。ただ「自分にとって大事なこと」が捗ればそれで十分良い日だといえる。良い日を過ごせると精神的にも充実し、さらに良い仕事ができる。ゾーンに入って一発ホームランよりも、この良い日の連続を目指していく。 オプティマルゾーンに入りやすい条件もいくつかある。ひとつは人間関係が良好なこと。同僚に親切にしていると良い日になりやすい。次に、取り組む課題の内容。課題に全力を出せるかどうかは、自分の能力とのバランスよりも、課題への取り組み方を自分で決められるかどうかの自由度に関係する。最後に集中しやすい環境であること。深く没頭していると自然とゾーンに近い状態になる。注意散漫になる要素を減らし、マルチタスクを避けて目の前に没頭する。集中した状態では仕事のパフォーマンスだけでなく自分への自信が高まり、他人からどう見られるかの自意識から解放される。

「楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考」を読んだ

「楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考」を読んだ

2025/01/21
「楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考」を読んだ。最近ハマっている楠木さんの著作。楠木さんの仕事は日々忙しくする経営者の代わりに本質を考える「思考代行業」。会社や事業についてその本質を考える。とても肉厚だったので気になったところをメモしておきたい。 まずはイノベーションと連続性について。IT界隈ではよく「イノベーションを起こそう!」と言われるが、イノベーションの本質を理解している人は少ない。イノベーションは改善ではなく革新。非連続な変化に挑まなければならない。なぜイノベーションが難しいのか?それは人々が非連続な変化を拒むから。セグウェイのようなまるで新しいデバイスが出てきても、日常生活の延長で必要ないので流行らない。SONYのウォークマンはイノベーション。それは音楽を聴くという日常の延長にあったから。ユーザーの変化は連続的、しかしその体験は非連続なものがイノベーション。飛び道具に手を出しても長期で上手く行くことはない。 次に抽象と具体について。現実の問題はすべて具体的に現れる。ひとつひとつ目の前に対応していくしかない。しかしそれを個別の事象として理解していると毎回バタバタすることになりノウハウが活かせない。経験や知識を他のケースでも使えるように抽象化して記憶する。この具体と抽象のバランスがセンスに出る。

人間力=チャーム+徳

人間力=チャーム+徳

2025/01/15
以前社外の勉強会に参加したとき、「仕事に人間力は必要か?」という話になったことがある。そのときは人間力が何を指すのかピンと来なかったが、確かに素晴らしい仕事をする人は人望があり、それは仕事がデキることとは別軸に思える。最近読んだ「リーダーの戦い方」で人間力を解説する章があり、そこにあった「人間力=チャーム+徳」という方程式がしっくり来たので書いておきたい。 チャームはその人の魅力で、生まれ持った個性に近い。一緒にいると楽しいとか、失敗しても笑えるとか、そういった個人の持つ愛らしさ。人それぞれ違うものを持っている。徳は普段の行動で、約束を守ったり他人に親切にしたりすることで蓄積される。徳を積むと周りから信頼される。この二つの要素の足し合わせが人間力ではないか、というのが本書の主張だ。 十年以上社会人として働いてきたが、同じ言葉でも言う人によって重みが違うのは感じていた。たとえばいつも遅刻してくる人が「11時集合」と言ってもあまりアテにならない。逆に毎回きちんと時間通りに進行する人が言えばその時間は厳守になる。いつも適当な人が軽いノリで言った言葉は流れていくが、真面目なイメージの人が軽く意見を言うとそれが真剣に取り沙汰される。ピカソの逸話で、30秒で描いた絵に1万ドルを請求して驚いたファンに対し、「30秒ではない。30年と30秒で描いた絵だ」と言ったという話がある。表層的には同じでも裏側に蓄積されたものがある。

ギブアンドギブ

ギブアンドギブ

2025/01/14
ギブアンドテイクは「人に与えた分だけ自分に返ってくる」の意。しかし見返り前提のギブではスケールが大きくならない。自分の利を考えるのではなくただ与えるギバーになれ。人に与える意味を解説する「GIVE & TAKE」では人をギバー、テイカー、マッチャーに分けて整理する。 テイカーは自分の利を追求する。同僚にアドバイスをすることもあるが自分の意図が多分に含まれているので信頼は薄い。マッチャーは自分が与えるものと貰うものを五分五分にしようとする。相手の出方に合わせて助けたりしっぺ返ししたりする。悪いやつではないがまず相手の出方を窺うので行動は遅くなる。ギバーは困ってる人を積極的に助けようとする。見返りを求めないその姿勢は職場に好循環をもたらす。 ギバーは人のために動くが、厳密にはさらに二つに分けられる。一つは自己犠牲タイプで、自分を下げてでも周りを立たせる。自分のエネルギーは消耗しどこかで疲れ果ててしまう。もう一つは利己的タイプで、人を助けることでむしろ自分のエネルギーが充実する。一見不思議な感じがするが、私たちの生きる空間はゼロサムゲームではない。人に優しくしたり親切にしたりするとオキシトシンという幸せホルモンが分泌される。誰かの役に立っているという実感は私たちの活力になる。

最近ハマっているもの

最近ハマっているもの

2025/01/11
最近ハマってるもの。 ちゃんみなプロデュースの女性アイドルオーディション番組「No No Girls」。アイドルオーディション番組を観るのは初めてだがちゃんみなのフィードバックの凄さに食らっている。まず自分が理想とするグループ像を伝える(口パクはしない、歌もダンスもできるチームにする等)。審査で脱落者が出るときは各々の個性を否定するのではなく、その方向性に今回たまたま沿わなかったという表現でフィードバックする。さらに歌、ダンス、表情、歌詞、英語の発音などの細かな部分を具体的に指摘する。ちゃんみなのこだわる品質が高いからこそチームの上限が高くなる。今日まさに最終審査が横浜Kアリーナで行われている。ここまで残ったメンバーは全員スキルも性格も一流で、誰がデビューするにしても売れそうに思う。応援しているのはJISOOとFUMINO。 漫画「ふつうの軽音部」。女子高生が軽音部に入り、バンドを組んだり楽器を練習したりする話。アーティストとして大成することを目指しているわけではない普通の軽音部。バンドの解散や部員が辞めたりもしょっちゅう起きる。そこにも一人一人が抱える想いがある。バンド漫画はライブの演奏シーンをどう描くかというのに特徴がある。例えばBECKは客の反応だけで盛り上がりを描く。本作では手書きの文字と吹き出しの形で歌を見せ、そこに過去の回想を絡めて表現していてこれが自分にとても刺さった。読んでると楽器を練習したくなり、部屋の奥にあったギターをちょっとだけ取り出しやすい位置に動かしました。

すべての年代の自分がいる

すべての年代の自分がいる

2025/01/09
30代後半となった自分は普段は社会人として働いているが、実家で甥っ子や姪っ子と遊ぶときは自分も子供に戻る。年を経ていろいろな経験をして大人になっていくと思っていたが、実際は12才の自分も20才の自分も35才の自分もいる。場面ごとに切り替えたり、各年代の自分で話し合って行動を決めたりする、という感覚が近い。大人になっても童心は消えていない。 友人の子供と遊ぶとき、その子の考えてることがある程度分かる。この玩具で遊びたいとか、本当は遊びたいけど恥ずかしくて逆の態度を取ってしまうとか。それは自分が子供好きだからとかではなく、自分のそういう時代をよく覚えているからだと思う。三男の末っ子として生まれ、兄や従兄弟と歳が離れていたのでよく遊んでもらった。よくワガママも言って困らせた。そういう時に言ってもらって嬉しかったこと、言って欲しいと思っていたことを声かける。子供に言っているようで過去の自分が喜ぶ。一種のセラピーになっている。 バイブルとしている「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」ではアーティストデートという習慣が推奨されており、これは毎週2時間自分がやりたいことをやらせてあげようというもの。美術館に行くでも散歩に行くでも良いが、自分の内心に栄養を与えられるようなことを一人でやる。普段しがらみの中で自分をアジャストして生きている。誰しも自分の中にアーティストな一面があるが、それは素直で脆い。それを外の刺激から守り大事にすることが、自分の中の好奇心を湧き立たせることになる。

「漫才過剰考察」を読んだ

「漫才過剰考察」を読んだ

2025/01/08
「漫才過剰考察」はM-1を2連覇した令和ロマン・くるまの著書。読む前のくるまの印象はお笑い分析屋。流れを読んで戦略を立てそれを自ら実践する。〇〇はなぜ人気なのか、みたいなお笑い評論にはあまり惹かれないので本書も敬遠していたが友人に薦められて購入。これがめちゃめちゃおもしろかった。彼の分析は巷に溢れるものとは違い本質的で、そこに彼のバイブスが乗っており読み物としてとてもよかった。 歴代のM-1大会を分析し、なぜこのタイミングでこのコンビが王者となったのかを彼なりの自論で紐解く。最年少で不利なはずの霜降り明星がなぜ勝てたのか?お笑いブームの拡大はM-1の採点にどう影響したのか?年を経るごとに変わるトレンドをなぞりつつ、その時起こった変化が説明されていく。M-1への愛も随所に現れる。この本で熱量高く言及されるネタをもう一度見たくてAmazon Primeを開いた。M-1への没頭が流れを読む力に変わり、トップバッターながらに4種類の中から適したネタを選んで見事優勝するという2023年の結果に結びつく。 自分の感想では、くるまは「ユーザーファースト」なお笑い芸人。その日の観客を見てネタを選ぶ。子供が多いとか老人が多いとかはもちろん、誰かのこのボケがウケなかったから今日はこっちのネタにしよう、みたいな観察力がとても高い。たぶんビジネス書を書いたらベストセラーになる。実際雑誌Forbesでヤフーの会長の川邊さんと対談していた。考え方が仕事ができる人のそれで、没頭できさえすればどの分野で活躍できそうに思える。

相手を勝たせる

相手を勝たせる

2025/01/06
「降伏論」という本を読んだが、その中の「相手を勝たせる」という章が面白かった。 相手を上げたい場合、私たちはつい「〇〇さんすごいですね。自分なんか××で、〇〇さんみたいにできないです」というように言ってしまう。これは一見相手を褒めているが、実際は自分を下げることで相対的に相手が上がっている。そうではなく、誰も下げずに相手だけを上げる。 「自分ばかり話してしまいました、すみません」ではなく、「〇〇さんの話を聞く姿勢が良すぎてつい話しすぎてしまいました。ありがとうございます」と伝える。これは自分はそのままに相手だけを上げている。こういうコミュニケーションをしたい。

意見の作り方、好奇心の作り方

意見の作り方、好奇心の作り方

2025/01/05
自分の意見や感想を伝えるのは難しい。思っていること、感じていることを言語化するのには練習が必要。そのためには本や作品のレビューなど誰かが書いたものに触れ、自分の感情にしっくりくるものを探していく。それを繰り返すと自分の感情はこう言語化できるんだというピースが集まる。ピースがたくさんあると自分の感情をストレートに人に伝えられるようになる。 好奇心はその逆で、人が本来備えている。子供の頃は外を探検したり絵を描いたりと好奇心のままに行動する。それが危険なものを避けたり、社会的規範を身につけたりするうちに行動は狭まる。同じ失敗を二度しないように注意深くなるのはよいが、やりすぎると自分の本来の気持ちを封印することになる。その職業で食べていけるのか、どうすれば安定した生活が送れるのか、頭で考えることと好奇心に従うことはベクトルが異なる。好奇心を妨げるものに自覚的になること。自分の好奇心にフタをしているものが何なのかを理解し、それは本当に必要かを考える。絡みついたものを剥ぎ取れば好奇心は自然と生き返る。 社会で調和を重んじていると思っても言えない言葉がある。空気を悪くするとか、自分固有の拘りだから言うまでもないかなとか。それでも浮かんだその言葉は自分自身のもの。人に言えないことは紙に書く。周りの反応が怖くても自分がそう感じたことは真実。書き留めておけば風化させずにすむ。