T字型人材
T字型人材という言葉がある。スキルの縦横を表したもので、横方向に幅広く、縦に一本深く棒が伸びているので「T字」と呼ぶ。これはスキルを身につけるときに全体的に薄く身につけるだけでなく、ひとつの分野の専門性を深く掘ることが重要だというメッセージだ。広くいろんなことに興味を持つのは良いことだが、自分が何の専門家になるかは意識して磨いた方がいい。
新卒で入社した会社ではモバイルアプリ開発の部署に配属された。iPhoneやAndroidのアプリの作り方は特殊で、パソコンから使うWebサービスとはかなり作り方が異なる。元々はWebサービスを作りたいと思っていたが、それでは手広くなりすぎると思って仕事でも趣味でもモバイルアプリ開発にすべての時間を注ぐことにした。社会人になりたての頃は時間が有り余っていたので勉強の時間を多く取れ、そのうち社内でもその領域に詳しい人というニンがつくようになった。そうなると隣の領域というか、例えばデザインチームとか機械学習チームとかの人と話す接点ができる。そういう各チームのエース的な人と話す機会は自分の中でとても良い経験値となった。
「T字」ではなく「π字(パイ字)」という表現もある。これは2つの専門性を深く掘っている。ひとつの長所だけではライバルが多すぎるが、ふたつ自分の長所をかけ合わされば途端にユニークになる。それはもちろん専門性はたくさんあった方が良いのだが、時間が有限な以上一つに振るのか二つに振るのかを選択する必要がある。個人的にはまずはT字で良い。これと決めたひとつの道を深く掘り進めていく。一度深いところまで到達した経験がある人は、他の未知の分野に挑戦するときに勘所があって壁を乗り越えやすい。「これは〇〇の分野でいうところのアレ」と例えることができる理解は早まる。いろいろと興味を持ちつつ、あえてひとつの分野にフォーカスすることを最初はススメたい。
黎明期はコミュニティや勉強会が大事
iPhoneアプリを作るエンジニアをしていた頃、よく社外の勉強会に参加していた。クックパッドやマネーフォワードなどの会社がオフィスを提供してくれてテーマや分野ごとの勉強会を開く。参加者は発表したりそれを聞いたり、終わった後に感想を言い合ったりして交流する。無料で参加できるのになぜかご飯が出る。これはオフィスにきてもらって良い時間を過ごしてもらうことが長い意味で採用に効くからで、お酒やご飯を片手にした技術交流はオフラインならではの魅力になる。
iPhoneに次々と新機能が出ている頃、勉強会は最盛期を迎えていた。新しい機能はどういうものなのか、その実用例などが語られて質問が飛び交う。2010年代後半になるとiPhoneにそこまで目立った機能追加はなく、カメラのアップデートのような基本機能の改善が主となる。そうなるとエンジニア的にはそこまで話すことはない。プログラミング言語や設計方法などの議論はあったが、情報共有が目的であればオンラインでもある程度は賄える感じもあり、オフライン勉強会の盛り上がりは落ち着いていった。自分も関西に引っ越して来て勉強会の数はばったり減ったがあまり不便だとは感じていなかった。
ところが最近AIの勉強会が活発になってきていて、これには非常に参加したい。なんというか会場に熱がある気がする。それはインターネットが出たての頃のような、iPhoneが発売されてモバイル端末が普及していく変革期のようなムード。そういうタイミングではネット上には濃度の高い情報は出ていない、もしくは出ていても整理されておらず見つけにくい。良い情報は熱意ある人たちのクチコミで広がっている。自分が見たり聞いたりしたことを文字や音声で残すのはそれなりに労力がいる。10経験して1が語られる。残りの9はインターネットには発信されない。それは試したけど動かなかったとか、期待外れで魅力を感じなかったなどの曖昧な情報かもしれない。しかしそれを知っていると自分が進む方向を間違えにくくなる。そういった閾値を超えてこない情報を拾えるのは雑談しかない。別に言わなくても良いけどこの場でなら話しても良いか、という気軽さがイノベーションを生む。いま久しぶりにオフライン勉強会に参加したくなっている。
音声入力で日記を書く
一週間ほど前から「Aqua Voice」というMacアプリで音声入力を試している。音声認識はAIで進化した分野のひとつで、日本語でもほとんど間違えない精度で認識してくれる。音声入力はタイピングよりかなり楽だという話を聞くので最近人気のAqua Voiceを試してみている。
まずはサービス開発で使ってみた。最近のサービスは「with AI」が当たり前になっており、プログラミングといってもAIに指示する文章(プロンプトと呼ばれる)を書く時間が長い。AIは賢いが空気を読むことはできない。なんとなくやっておいて、と伝えても良い仕事はできず、指示文には変更の背景や参考になる箇所、気をつけてほしい点などを伝える必要がありなかなかのボリュームになる。そこで音声入力の出番だ。Aqua Voiceを起動し、タスクの詳細についてつらつらと話して文章を入力する。人と話すときのように構造化する必要はなく、思いついた順にダラダラ話していけばよい。解釈は受け手側(AI)が頑張ってくれる。精度としてはほぼ誤字はなく、あったとしてもAIはなんとなくで理解できるので問題ない。タイピングより3倍くらいのスピードで打てるのは便利。ただ静かな環境である必要があったり、AirPodsだとマイクの質が低いので優先イヤホンをつける必要があるなどちょっと気を遣う必要がある。でも集中して家で作業する場合などには良いかもしれない。
プログラミング以外の用途として、この日記の素案を音声で書くのもやってみた。少し前にAIライティングというのを試したが、これは箇条書きで日記のタネを書くとそこから自分の文章の特徴をおさえた上で日記にしてくれるというものだった。ここに渡す日記のタネを音声で書いてみる。その日のテーマについてわーっと喋り、それを日記にしてもらうとそこそこのものが出来上がった。しかし日記をこうして書くことに何の意味があるかは不明。商品のPRなど、マーケティングとしての文章であれば良いかもしれないが、この日記は書くことで理解を深めることを目的にしている。PV数やコンテンツの数などは重要ではない。音声だと一度話し始めたら最後まで突っ走らなければいけない。話し終えてからじゃないと全文が打ち込まれないため、前の文章に誘発されてアイデアが出てくることもない。発話と執筆はそもそもの構造が違うので、うまくハマるかはシーンによるものが大きそうだ。
音声入力自体にはとても魅了を感じている。例えば外出時、スマホに長文をタイピングするのは大変だが音声なら歩きながら喋れる。目を束縛もしないので移動しながらいろんな情報を取り入れることもできる。在宅時、机に向かって座らずとも寝転んだ状態で長文が打てる。自由度も増すし、体を壊して怪我した場合などは本当に助かる技術になる。ChatGPTの運営会社であるOpenAIは新しく音声デバイスを開発中らしい。GoogleもAndroid XRというメガネを開発している。新しい技術で生活がどのように変わるか、今から楽しみだ。
「LIFE SHIFT」を読んだ
寿命が伸びて100年生きる時代にこれまでの常識はどう変わるか?「LIFE SHIFT」は長い人生の受け止め方が書かれたベストセラー本。面白かったところを簡単にまとめる。
人生が長い時代ではお金とは違う「無形資産」が重要になってくる。無形資産には「生産性資産」「活力資産」「変身資産」の3つがある。生産性資産は仕事を効率的に行えるスキル、活力資産は肉体的・精神的な健康。友人や家族との良好な関係性もここに含まれる。変身資産はちょっと面白くて、自分について知っていること、多様な知り合いがいること、新しい経験にオープンなことなどが挙げられる。確かにこれらの要素がある人はどんな状況変化にも適応できる。ひとつの専門性に固執するのではなく、変わりゆくトレンドに身軽に乗れる人が活躍する時代になる。
コミュニティに関する考察も面白い。
自分と同様のスキルと知識を持つ人たちとの関係を深めるために多くの時間を費やし、その人たちと直接対面して会話する時間も割かなくてはならない。高度な専門知識が育まれ、共有されるためには、そのような時間が必要なのだ。
インターネットで調べものは完結し、誰にも会わずに家でひとりで仕事ができる時代。しかし言語化されにくい世の中の流れ、暗黙知はコミュニティの中でしか熟成されない。会社でチームとして働いたり、同じ志を持つ人たちとコミュニティを築いたりするのはこの点で意義がある。例えば今どきの海外カンファレンスはすべてのセッションが後にアーカイブが公開され、わざわざ行かずとも情報のキャッチアップは簡単にできる。高い飛行機代やホテル代を出してまで現地参加する意義はないように思えるが、その場の高揚感は実際に参加してみないと体感できない。この機能が発表されたときに会場が沸いたとか、世間ではニッチとされていてもその会場の全員が信じていたとか、そういう空気感が自分の知覚に影響を与える。論理的な説明は難しいがこれは確かにある感覚だと思う。
理想的なキャリアの進み方について、本書では「はしゃいで跳ね回る」と表現されている。歩くのではなくスキップで、最短距離ではなく景色の良い行路を選ぶ。遊び心を発揮できているときは理由などどうでもよくなる。その行動でどういう効果があるのか、どんな恩恵があるのかは関係ない。自分のしたことをお金に換算しようとした瞬間に遊びは色を失う。重要なのは楽しみながら実践して学ぶこと。実践の途中で学んだスキルや知識は地に足がついていて実用性が高い。いまの環境だけでなく、未来の仕事にも役立つようになる。
麻雀分析AIが面白い
オンラインで麻雀ができる「じゃんたま」というサービスを遊んでいる。少し前まで将棋に熱中していたが、将棋ではAIが棋譜を解析してくれ、盤面の評価値をグラフにしてくれるというのがあった。自分が有利ならプラス、相手が有利なら評価値はマイナスになる。下手な一手を指すとグラフは急降下する。大きく傾きが変わる箇所に注目し、AIはどこが最善手と思っているかを学ぶと次に活きるという勉強法だ。
こういうAIによる振り返りができないか調べてみたところ、ちょうど今年の頭に「MAKA」というAIがリリースされていた。これは自分の牌譜を読み込ませると分析してくれ、局面を総合してAIならどのアクションを取るかを押してくれるもの。自分の手番で何を切るか、ポンやチーができるときに動くかどうか。自分の判断とAIの最善手が違う場面にポンポンと飛んでいくこともできてUIも素晴らしい。その一局の総合評価もA-やB+のような形で算出され、対局者の総合評価とあわせて自分がどうだったのか振り返れるようになっている。
これがまさに求めていた機能で、気付いてからは毎回AIに分析してもらうことにしている。自分は中級者の下ぐらいのレベルだと思うが、明らかなミスなどもたまにしているのがちゃんとフィードバックされて面白い。麻雀は運の要素も高く下手でも勝ててしまう時がある。その逆の負けが続く場合は気持ちも落ちるが、AIと分析しているとやるべきことは出来ていたな、と区切りをつけることができる。壁打ちして振り返ることで気が楽になる。これは麻雀や将棋だけでなくいろんなところで役立つものだと思う。仕事で失敗したときや家族と喧嘩したときなど、AIが寄り添ってもらえれば楽になれそうだ。