M-1ツアーに行った

2025/02/25

M-1グランプリ2024スペシャルツアー」を観に行った。M-1の決勝、準決勝まで進んだメンバーが全国を回るお笑いライブ。場所によって参加メンバーは異なるが、大阪開催のものをみると観たい組が多かったので抽選申し込み。無事当選して観覧できることとなった。

会場があるのは中之島という場所で、立地的に駅から少し歩く。駅を降りた時点で周りに似たような雰囲気の人が多数。歩く方向も同じなので目的地は一緒だなと確信する。みんな楽しそうに話しながら歩いている。お金を出して笑いに行くくらいだからそりゃハッピーだよね、と前に別のお笑いライブに行ったときと同じ感想を抱く。

バッテリィズにはじまり豪快キャプテン、ジョックロック、真空ジェシカあたりが目当てだったが全組面白い。一番好きだったのは家族チャーハン。M-1予選動画で面白かったので楽しみにしてたけどめちゃ面白かったです。

M-1はいわゆる賞レースと呼ばれる4分の競技漫才だが、ライブは待ち時間8分のもっとゆるいカタチ。さっきあったことを面白く話したり他の組が乱入したりと、お笑いラジオ好きとしてはとても楽しかった。ちなみに真空ジェシカは時間無視して15分くらいネタをしていた。楽しく笑えて良い時間でした。


人生の伏線を回収する

2025/02/24

生きているといろんな経験をするが、その経験の意味づけは未来の自分がするという考え方がある。その経験は当時は辛いものだったかもしれないが、それがあったら今の自分がいる、と前向きに解釈できればそれは伏線回収できたといえる。

ブクログやCAMPFIREなどの人気サービスをつくった家入さん。いろんなサービスを作るなかでヒットしないものも当然なったが、それは失敗ではなく「やりかけ」という表現が合うと何かのインタビューで言っていた。その時の時代背景やスキルでは花咲かなかったが、別のタイミング・別の方法で再チャレンジする可能性が常にある。個人の体験としても一生懸命考え抜いたものはその時上手くいかなくても思わぬところで活きてくる感覚がある。

週末に確定申告をしていたが、そこで書類をまとめるのにポストイットをよく使った。ポストイットが接着しにくい糊を作ってしまった失敗から生まれた発明だという話はよく耳にする。偶然がひらめきを生むこともあるが、それも真剣に向き合って考えるという前提条件があると思っている。


サポートがユーザーをファンにする

2025/02/23

メモの置き場としてGmailを使っている。誰かに聞いたおすすめ本、忘れたくないTODO、Webサービスのアイデアなど色んなものをすべて自分宛にメールで送る。定期的に受信箱を上から見ていって、そのメモが完了したらアーカイブして整理する。本当はそれぞれの登録に最適なサービスがあるだろうが、メモする時点でカテゴリ分けを考えるのも面倒なのでこの方法が定着した。メールならパソコンからでもスマホからでも送れるので環境も選ばない。

自分にメールを送るアプリとして「Note To Self Mail」というアプリを使っている。このジャンルではCaptioという人気アプリがあったが最近サービス開発が終了。代替となるものを探して、一番操作感の良いこのアプリに切り替えることにした。

Macにもこのアプリを入れてるが、頻繁にメモするのでショートカットでメモを送信する機能が欲しいと思って問い合わせてみた。数時間後に返信が来て、「Cmd+Sでできるよ!でも提案してくれたCmd+Enterでの送信も直感的だと思うので検討するね。気に入ったらAppStoreでレビューを書いてね!」と書かれていた。すでにある機能の案内、要望の受け止め、返信の早さなどなんとなくカンジが良く、AppStoreのレビューを書いた。元々気に入っていたアプリではあったが、こういう体験があると単なるユーザーからファンに近づく。

昔Smoozというブラウザアプリを使っていたが、要望を送ると創業者の方が自らすぐ返信してくれ、その後機能追加されるとまた連絡をくれて良いサポートだなと思った記憶がある。ファンになれば長い間使い続けてもらえるし、良い体験は人に話したくなるのでサービスを広げるのにも一役買うことになる。新卒の頃にザッポス伝説を読んで顧客ファーストがつくる面白い世界に感銘を受けた。こういう経験はいつまでも覚えている。


複雑なものをシンプルにするのがデザイン

2025/02/21

単機能のTodoアプリは元々シンプル。それが機能が膨らんでいくとどんどん複雑になってくる。カレンダー表示したくなったり、Todoに画像を入れたくなったり、期限の数時間前に通知が欲しくなったり、「Todo」「Done」以外にもステータスが欲しくなったり。放っておくと複雑になるものをシンプルに保つところにデザインの価値がある。

例えば、すべての機能を表示すると画面が煩雑になるなら、必要なタイミングで必要な要素を表示する。何か操作メニューがあるとして、いきなりすべて表示するのではなくマウスカーソルを合わせたら表示されるようにする。機能の絞り込みもある。期限が来たタスクの通知をメールで受け取るのか、アプリのプッシュ通知で受け取るのか。いろんな方法で受け取れたらもちろん便利だが、設定が何千パターンもあってもそれを使いこなすのは難しい。ほとんどの要望を満たせるいくつかのパターンを作り込んで実装し、残りはAPIを提供するなどしてユーザーが自作できるようにしておけばそれで良いかもしれない。

理想としては一見シンプルに見えて、使い込んでいくと実は柔軟にいろんな使い方ができるような体験がよい。いきなりすべての機能表をドーンと見せられても圧倒されてしまう。主体はあくまで人。「自分たちで使えそう」と第一感を持ってもらい、まず使い始めてもらう。使い込んでいくとその機能を理解できて、さらに自分たちにあったカスタマイズした使い方もできる、みたいな流れが美しい。これを実現するにはユーザーを理解する必要がある。最近は思い込みで作らずユーザーにインタビューしようという流れが強いが、見事なものを作るには深い理解が不可欠になる。

機能が増えれば普通は複雑になる。それをどこまでシンプルに抑えられるか、この複雑度の差分がデザインの力だと思う。何か困ってることがあってそのサービスに頼るのに、そのサービスの使い方でまた困っているようでは本末転倒である。いろんなサービスが登場して飽和気味になり、ユーザーから求められる水準が高くなっている今こそシンプルさは大きな要素になる。


南場さんの講演を読んだ

2025/02/21

DeNAの創業者で現在は会長の南場さん。AI時代の戦い方についての講演を読んだがとても面白かった。近い将来のAIシフトを分かっていながら、参加しているプレイヤーがとても少ないというのは自分も感じるところ。DeNAは既存事業に割く人数を半分にして残り半分をAI領域にフォーカスするらしい。この規模の会社でそこまで割り切れたら強い。

南場さんの言葉は心に素直に入ってくる。著書の「不恰好経営」にDeNA創業時の一枚の写真が掲載されており、「技術」「ユーザー」「お金」など、異なる軸を好きなメンバーが集まってひとつのサービスを作ったという。スキルや情熱がぶつかりあって良いものが生まれる瞬間はいつでも美しい。

新卒何年目かの頃、いろいろ周りも見えてきて社内の評価制度について少し思うことがあった。そんなとき出会ったのが「コトに向かう力」(これも講演の書き起こし)で、ヒトではなくコトに向かうことの大切さ、シンプルさ、楽しさなどを教えてもらった。周りの評価ではなく自分で意義を感じられるか。人との比較より目の前のことを前進させられたかというのは自分のなかのテーマとしてあって、それはこのスピーチの影響を少なからず受けている。

AI時代はリスクもあるがチャンスもある。個人や少人数のチームとしてはアプリケーションレイヤーは狙い目で、多種多様のユーザーの課題は大手資本が一気に解決するよりももう少し細かい。AppStoreに各ジャンルのアプリが並ぶように、各領域に特化した使いやすいアプリケーションが生き残っていく形になる。