社外の勉強会に参加していた頃

2026/01/22

社会人2,3年目の頃によく社外の勉強会に参加していて、その頃に知り合ったエンジニアの方々にはよく影響を受けている。勉強会自体は最近もたまに参加するが、15年も社会人経験を積んでいるとなんというか自分なりの軸みたいなものができてしまっていて、他の方のいうことを100%吸収することができない感覚がある。右も左もわからない素直な状態で過ごした初期の頃の経験は貴重だったように思う。

その頃知り合った方の一人は大手の料理系Webサービスの開発をされていたが、久しぶりに会ったときに今の仕事を週3にセーブして、他の時間で講師や他の会社の手伝いなどを好きにやっていくのだ、という話を聞いた。当時は週5で働くのが当たり前と思っていたのでそんな働き方があるのかと興奮し、いろいろ質問させてもらったのを覚えている。あれから10年経ち、自分も同じように週3だけ会社で働くフリーランスとなった。こういう会話があったことは最近まで忘れていたが、なんとなく深いところにインストールされているものがあったように思う。

勉強会の参加や運営はあるタイミングでパッタリと行かなくなった。iOSアプリ開発のジャンルが成熟してきて新しいネタが減ってきたことや、アプリ開発以外の分野に興味が移っていったというのが理由のひとつ。あとはそういったコミュニティで次々と人脈を築く人を見て、人見知りな自分ではこうはなれないなと感じたのもある。人と話すのは好きだが、大人数の中で自分を主張できないのは今も変わらない自分の性質のひとつだと思っている。

コロナ禍を経てオンライン開催の勉強会が増え、地方住みの自分でも参加しやすくなった。去年はいくつか発表もしたが、やはり現地で感じる熱気がなくてどこか物足りない。オンラインだと基本カメラオフなので反応が見えづらく、自分のネタのどこが盛り上がったのか分かりづらい。終わった後の交流会的な場もないので深く話すこともなく、一方的に話すのならZennやブログで技術記事を書く方がよいかなと思ってきている。

人と話すのは好きだし、対話があってこそ深まる部分も多いと思うので何かしらのコミュニティには所属したい気持ちがある。そしてそれは理論や分析ばかりの場所ではなく、自ら手を動かして汗をかき、失敗や成功の実体験を話せる環境であれば言うことはない。


育児日記 6

2026/01/21

1/15

仕事のため家を離れて数日ぶりに会う。
オムツがサイズアップしていた。新生児サイズは卒業とのこと。確かに太もものあたりが立派になっている。


1/16

1ヵ月検診へ。体重も順調に増えていて、気になる点もないとのことで外出がOKに。
この病院にもう来ることがないと思うとなんだか不思議な感じ。お世話になりました。

今後の予防接種や病気のときのために、自宅付近で小児科を決めておくように言われる。
保育園もそうだが子供関連の諸々を探す仕事が増えてくる。


1/17

沐浴前、汚れたおしりを先にお湯で洗おうとしたところ子供が滑り落ち、床で頭を打つ。
少し泣いた後に落ち着き、見た感じケロリとしてたのでそのままお風呂に入れた。

後で調べると頭を打ったときは見た目上なんともなくても内部で怪我が広がってる可能性があり、24時間は注視が必要とのこと。
こういうのは情報を調べるとどんどん怖いケースを見つけてしまう。心配だが、様子的にも即病院という感じでもないので情報共有してみんなで見守ることに。

ちなみに頭を打った場合は温まるとよくない場合があり、お風呂は控えて怪我した箇所を冷やすのが良いらしい。
なんとなくそんな気もしてたが折角服を脱がしたしと沐浴を続行してしまった。いったん落ち着いて調べればよかったと反省。


1/18

頭を打ってから24時間経った。おっぱいも飲めてるし、よく眠ってるしで一安心。
自分で動き出したらこういうことも増えてくるんだろうな。寝返りできるようになってソファから転倒するとか、めっちゃありそうなので気をつけないと。

縁側に出て少しだけ日光浴。その後、いつもより慎重に沐浴。


1/19

人とスキンシップをすると幸せホルモンであるオキシトシンが分泌されるというが、赤ちゃんの世話はその最たるもの。
大体抱っこしてるし、感情を読み取るのに目を見て様子を観察する他ないのでよく見つめ合う。しんどいけど豊かな時間というのはホルモン的にもそうかもしれない。


1/20

母から荷物が届く。中身は毛筆で書かれた子の命名書。
命名式のときは自分がCanvaでデザインしたものを印刷していたが、直筆のものを飾りたいと達筆な母にお願いしていた。

年末に帰ったときに色紙を預けていたのだが、それは百均で買った無地のものだった。
届いたのはそれとは違う命名用の立派な色紙に書かれていて、母がわざわざ用意してくれたようでありがたい。
まだ顔を見せに帰れてないが、もう少し落ち着いたら自分の実家にも一度帰りたい。


「その日暮らしの人類学」を読んだ

2026/01/20

その日暮らしの人類学」を読んだ。最近は脱資本主義というか、社会の競争に揉まれずに生活するようなことに興味があって本を読み漁っているが、多くの本でこちらの本が引用されている。これだけ目に留まるとさすがに読んでみたくなり購入。濃密な内容で一気に読み終えました。

よく引用されているのはピダハンの生活についての記述。ピダハンはアマゾンの奥地に住む狩猟採取民族で、注目されているのが彼らの言語能力。彼らの言語には時制や創作話などが存在せず、自分の身で体験した「直接体験」しか存在しない。つまり誰よりも今を生きている。日本などの近代国家では未来のために今を犠牲にすることが多い。本当にそれでいいんですか、と問うのにピダハンの生活は参考になる。

私たちは本能的に明日も生きていけるか不安に感じる。この不安を封じるために、社会はいまの延長線上に明日や未来が当然来るものだという雰囲気を出す。いずれ来る未来に向けて節約したり努力したりする。予測できる確実なものが喜ばれ、不確実なことはリスクとして取り除かれようとする。(好きな仕事をしようとすると「そんな生き方をしていて社会に迷惑がかかるんじゃないか」と言われたりする)

しかし世界的に見れば、ひとつの仕事を老いるまで続けるのはむしろ圧倒的マイノリティである。本書の中では著者が調査した様々な仕事が登場する。それらは綿密に計画されたビジネスではなく、街に出てチャンスがあればモノを売り、困ったら他人を頼り、得たものを分け与えて暮らす生活である。たくさんの商売があるから調子が悪いものがあっても他でカバーできる。そうして毎日を紡いでいく感覚は日本のサラリーマンをしてるとほとんど持つことはない。

決められた働き方ではなく、人と人が交流して動的に仕事が生まれていく。こういう話を以前にも読んだなと考えてみると「チョンキンマンションのボスは知っている」だ。久しぶりに調べてみるとこれも小川さやかさんの著作だった。日本の大企業で働いているとそれしかないように視野が狭くなってしまう。こうして全然違う働き方・生活を見るのは視界を取り戻すヒントになる。


「Dark Horse」を読んだ

2026/01/19

Dark Horse」を読んだ。授業や会社、生産ラインなどがすべて標準化・規格化される時代。しかしその道から外れて「落伍者」となった人が輝くことが多々ある。彼らのことを「ダークホース」と呼び、人とは異なる角度から成功できた理由を探る一冊。

まず初めに、現代は「標準化」が進みきった社会である。人と同じようにすることが求められ、同じ土俵で人より優れた結果を出せると評価される。そこで消されたのが「個性」で、経営者や管理者からすると個性はイレギュラーで抑制すべき要素のように見えてしまう。ダークホースはこの個性を大事にする生き方のことを指している。

アメリカで成功に対する意識調査を行なった。その結果によると、他人のことについては金と力が成功の要件、自分のことについては個人的な充足感や達成感を成功の要件と見なす傾向があるという。成功を目指して努力するのではなく、その時々が楽しいから取り組んでいる。ダークホースたちはその時間自体を楽しんでいる。

標準化されたシステムでは「ベストプラクティス」が溢れている。ビジネスの世界でも「こういう仕組みを作れ」「ビジネスモデルはこの10個の中から選べ」などと規定されたフレームワークがいくつも提示される。これは一定の正しさがある一方で、持続性がないという欠点がある。つまり面白くないのでやる気が続かないのだ。

ダークホースは自分の充足感を大事にしている。この充足感とは内なる動機のことで、自分でやりたいと思っていることなら続けることができる。モチベーションが無限に続くことはもちろんなく、時間の経過によってやる気が低減することもある。しかしその時はまた別の内なる動機が活性化する。自分のやりたいことを選んでいけば、その内面から出る些細な声を聞き逃さずキャッチできるようにもなる。

「自分で決めた」ことならなんでも良いわけではないことに注意が必要だ。例えば大学入試でAとBの大学の候補から選んだとする。一見自分の意思で選んだように見えて、実際は「大学に行く」「できれば偏差値の高いところに」という社会的な規範が押し付けられている。本当に自由に自分の心で決めたことなら良いが、このように見た目上の自由で選択させられた場合は気をつけよう。そんな時でも世の中は「あなたが選んだんだから自己責任」と言ってくるが、そもそも自分の無意識に用意された要素も多々ある。

日々の充足感を重視するダークホース的な考えでは先のことは予想しづらい。この道がどこに繋がるか、これがどう富を生むのかはわからないまま物事を始めるる。「一生これをやっていく」まで腹を括れなくてもいい。「次に私がやってみるべきことはこれっぽい!」くらいの温度で試行錯誤し、それが自然と自分の道になっていく。それくらいの感覚でいたらいい。


リアクションよりアクションを

2026/01/18

誰かに反応するリアクションは疲れる。メールやチャットの返信、相手が納得できる材料を示すことは相手のペースに合わせた行動が求められる。

自ら動くアクションなら好きなだけできる。自分が作りたいものを作ったり、手応えを感じた仕事のやり方を文章でまとめたり。自分が主体で、自分のペースでやれるのなら疲れない。

現実的にはリアクション的なタスクも多々あるし、それも重要。一人よりもチームの方がいろんなことが出来るので、繋ぎとなる動きもとても大事だ。

でも自分がコントロールするなかでそういう仕事もしている、というスタンスではいたい。周りに求められてるからやってる、と思ってるといずれ周りに振り回されてしまう。

時間を自分の主体に戻す。そのためには朝早起きして、自分のやりたいことから手につけるのがいい。