"伝わる"サービスづくり
シンプルな機能でも使いづらいサービスがある一方、複雑な機能を備えつつユーザーのやることが明瞭なサービスもある。この違いはチームに良いデザイナーがいるかどうか。良いデザイナーはユーザーの視線の動きまで意識し、どの要素をどこに置けば良いかを熟考して答えを出す。機能一覧表に並べるのなら適当に機能追加すれば良い。しかしこのデザイナーのこだわりが長期的な資産となり、競合との差別化要素となっていく。
良いデザインはどう作るのか?それは何度も何度も「初心者目線」でそのサービスを触ること。初めてそのサイトを訪問したユーザーはどう感じるか?自分の仕事を楽にするためにそのサービスを使っていて、どこで躓くのか?よくある壁としては「ボタンが多すぎてどれを押すべきかわからない」「要素が多すぎて全体像の把握に時間がかかる」「テキストの内容が冗長・不正確で使っていて疲れる」など。こういった課題はユーザーからフィードバックされれば改善できるが、大抵のユーザーは見切りをつけたら何も連絡なく二度と現れない。大企業であれば候補者を集めてユーザーインタビューを実施するところだが、個人開発者やスタートアップにはそんな潤沢な予算はない。やはり大事なのは自分でユーザーになりきること。エンジニアになったり主婦になったり、彼らの気持ちで使えば自ずと改善点は見えてくる。
サービスの領域によっては本当に複雑で初見には絶対理解できない仕様もある。その業界独自の仕組みであったり、高度な権限管理であったり。こういったものをシンプルに出来るとカッコ良いが、無理に処理を隠蔽してシンプルに見せかけても大抵失敗する。元々実現したいことが複雑な場合はユーザーインタフェースも複雑になる。例えばメールアプリでは「宛先」「差出人」「件名」「本文」は絶対に必要だ。これを本文だけで送信できるようにはできない。ユーザーの入力を補助することはできる。宛先を過去の履歴から選べるようにしたり、本文の1行目を自動的に件名にするなど。こういう細やかな工夫は作業を効率化してくれるので歓迎だが、基本的にはユースケースを限定する代わりに便利さを提供している。上記の例では件名は別で入力したいユーザーが多数いて、その人たちにとっては無用な機能になる。
近年、デザインやユーザーに"伝わる"UXライティングなどの分野の注目が高まっている気がする。作れば売れた時代が終わり、今はユーザーに選ばれないと生き残れない時代。初見ユーザーにサービスの魅力をしっかり伝えるために、初心に帰って何度も触るのはとてもオススメの方法です。
週休4日で働くということ
6月から業務委託契約に切り替えさせてもらい、いまは週3日で勤務している。他に仕事はしてないので週休4日となる。この感覚の変化を忘れないうちに書いておきたい。
今は月火水で働かせてもらってるが、この週3日というのはちょうど良いラインな気がする。週2日の勤務だとやれることがかなり細切れで限定的になってしまう。逆に週4日の勤務だとフルタイムとさほど変わらない。週3勤務は生活に変化があり、かつ意味のある仕事のできるラインだと思う。
やってる仕事はAI関連の調査と導入だが、これはとても面白い。ここ数年はプロダクトマネージャーというバランス型の仕事をしていたが、今はまた専門家っぽい仕事に戻った感覚がある。人との調和というよりは個としてどこまでできるかで成果が測られる。いまAIに打ち込むことは将来にも必ず効くので、自分個人としての道も繋がっている。そしてAIの活用度合いが今後会社の競争力となるのは間違いないので、大事な仕事をさせてもらってるという実感もある。こういうスペシャリスト的な仕事なので会議はあまりない。淡々と自分のペースで進めてチェックポイントまで来たらシェアする。チームタスクが多いと休みの日の情報共有などが難しくなったりするので、独立して働けるのは理想的な環境といえる。
週3勤務にして休みとなった木金だが、ここでは個人開発をしている。今のところ適当に作業しているができれば勤務日と同じように時間を区切ってやりたい。今は家の状況などもあり不規則に活動しているが、以前と比べて格段にゆとりは増えている。
面白い点として、これまでは金曜日が来ると「明日から休みだ」と感じていたが、今は「明日から休みの折り返しだ」と感じる。毎週4連休があるのでプチゴールデンウィークを感じられる。その分収入はもちろん下がってるが、家賃は払えるしこの時間のゆとりを元気な間に享受したかったので希望とは合っている。今のところ2年くらいはフリーランスを続けて個人開発をコツコツ積み重ねたいと思ってるがどうなるか。AIが登場して未来がどうなるか読めない世界で、個人としても未来が見えない働き方を始めている。
本気を出せる環境に身を置く
大学の頃スポーツ系の大型ショップでアルバイトをしていた。そこではお客さんからの質問に答えたりテニスラケットのガットを張ったりしていたが、手の空いた時間は商品の整列や埃取りをすることになっていた。最初は教えてもらう必要があるので社員さんと一緒にシフトが入る。半年くらい経つとバイトだけで入る時間帯が増えてきた。
平日の昼間だとお客さんの数はそう多くない。空き時間も多かったので教わった通り商品の整列などをやっていると、先輩バイトから「もっと適当にサボっていいですよ」と声をかけられた。働き様を見ている社員もいないし、商品もそう乱れてるわけではない。そのショップの売上がどうとかを気にする立場でもないし、何をしてても時給はもらえる。先輩がそう言う気持ちは分かるのだが、自分はサボって時間を過ごすようなのが気持ち悪く感じた。別にその会社の成功を願っていたわけではないが、なんとなく良い時間の使い方をしたかった。
バイトで本気を出す人はあまりいない。しかし社会に出ると仕事に本気で取り組む態度には賛辞が送られる。自分にはこっちの方が合っている。バイトでは「自分も適当にうまくやってます」という感じを演出することにむしろ労力を費やしていた。会議で発言し、仕事の準備をし、新しいことを学びながら給料ももらえる。これはシンプルで心地良い。余計なことを考えず目の前のことに集中できる。
しかし社会人生活も年次が上がってきて状況がまた変わる。Web業界は若い人が多く、30代手前くらいですでに中堅の扱いとなる。会社にいる期間も長くなり、他部署とのつながりであったり、その会社の経緯を知っていることがアドバンテージのように言われ始めた。自分の思いとしては純粋にエンジニアとしてのスキルを高めたかったし、そこで評価されたかった。チームには恵まれていたので居心地はよかったが、どこか本気を出さないようにセーブする。それは例えば会議の場で、自分じゃなくても言える発言は他の人に任せるということ。チームとしては全員が主体的に話せる方が強いので行動としては合ってるのだが、自分を高める道ではない気もしていた。転職し、ここ数年は別の職業をやっていた。エンジニアの頃とはまるで違い、仕事のやり方を一から学ぶ必要がある。プロダクトマネージャーという職は複雑度が高く曖昧で、会社によって微妙に役割も異なる。自分が本気を出しても半分も理解できない領域。そういう世界で試行錯誤をして試すのが面白い。
今はそのプロダクトマネージャーも辞めてしまったが、曖昧な領域に手を出して学びながら整理していくことが楽しんだと気づけたのは大きな収穫。次の曖昧な領域はAI。仕事や生活が一変するのは確実視されているが、どう変わるかはまだ決まっていない。この領域でいろいろと体験し、その実像を自分なりに捉えていきたい。
海外カンファレンスの思い出
いま、アメリカではAppleの開発者向けカンファレンス「WWDC」が開催されている。年に一度開かれるこの会ではAppleのソフトウェアや開発者ツールのアップデートが発表され、モバイルアプリ開発をしているエンジニアにとってはちょっとしたお祭りの期間になる。前職ではキャッチアップ目的で毎年何人か出張に行っており、自分も運良く2年連続で参加させてもらった。月曜から金曜までの1週間、朝9時から夕方17時までという遊びのないスケジュールで色々な機能が発表される。セッションは5つの部屋で並行して行われており、その中で自分が興味のあるセッションを選んで参加する。セッションに出ずに休憩の時間にしたり、Appleのエンジニアに直接質問しに行ったりと時間の使い方も自由。豪華な朝食会場があったり記念グッズが販売されていたりと会場の雰囲気はお祭りに近い。そして世界中から集まった見ず知らずのエンジニアと隣同士座り、発表された内容を一緒に喜ぶ。これは他にはない経験だった。
WWDCに2年連続で参加し、自分の中のカンファレンス熱はやや下がりつつあった。やはり初年参加した時のほうが感動が大きく、少ない枠を自分が占有するよりも色んな人が行った方が良いと思ったため。発表の内容も良いが、海外カンファレンスの一番の要素は会場の熱を肌で感じてテンションを上げることだと思う。あの空間に行くとエンジニアという職業が最高にクールで、素晴らしいプロダクトを生み出す力を持っているのだと自分を肯定できる。そんなわけでチケットが当たっても同僚に譲っていた。ちなみに抽選の倍率がかなり高いのだが、自分はなぜか5年連続で当選した。
そこから数年経ち、カンファレンスに聴衆として参加する気持ちはほぼなくなっていた。参加するなら発表者側で出たいなと思い、オランダのカンファレンスに同僚と申し込んだところなんと当選してしまった。エンジニアのカンファレンスはCall of Paperと言って、自分が話したい内容のサマリをまず提出し、運営側が会の趣旨と合っていると判断したものを選ぶことが多い。その時は本気だったので5つくらいセッションを考えて出した。その中のひとつが無事当選し、そこからは英語でスライドを作ったり発表練習をしたりと大忙し。だいぶ温まってきて、本番が翌月に迫った頃にコロナが世界を襲った。流行り始めの際どい時期ではあったが結局カンファレンスは中止になる。翌年オンラインでリモート発表させてはもらったが、本音をいえばやはり現地で発表したかった。そのカンファレンスはオランダの映画館を貸し切ってシアターで発表する形式。もうそんな機会には巡り会えないかもしれない。
リリース直前の考え方
最近作っていたサービスが世に出せる状態になりつつあり、最近はリリース前の最後の詰めをやっている。詰めというのは例えばドキュメントを整えたり、サービス紹介のホームページを作ったり、全体を見直して細かい不具合を潰したりなどがある。最後の磨き込みはとても重要で、ここをサボらずできるかで心象がまるで違うと思う。そのサービスを初めて使うユーザーになりきって機能を体験していく。躓いたり面倒でテンションが下がったりするポイントを書き出して改善していく。最近はホテルのようなサービス体験をWebで提供したいと思っている。エントランスにワクワク感があり、中に入ると世界観があって、落ち着いて過ごせて困ったときには親切に助けてくれる、そんな空間を目指したい。
リリース前の罠としては、やりたいことが湧き上がってきていつまで経ってもリリースに近づけないというのがある。何かの機能が不十分に感じたり、デザインを刷新し始めたり、競合サービスを調べたりし始めるとキリがない。リリース直前に出たアイデアはすぐに着手せずリストアップする。すべて出し切ったと終わったタイミングで上から項目を見ていき、リリース前に必須かどうかを判断する。必須なものはやれば良い。必須ではないものはリリース後にやれば良い。リリースはサービス提供の始まりであってゴールではない。ザッカーバーグでおなじみの「Done is better than perfect(完璧を目指すよりまず終わらせろ)」のフレーズを胸の中で唱える。Webサービス開発に完璧はない。あるのはここまでで出そうという自分の中の区切りだけだ。