育児日記 4

2026/01/07

12/13

17:30
久しぶりのオムツ替え。抱っこしても泣き止まなくなっている。存在を忘れられた?

18:00
座り抱っこで、クッションに乗せて両手をフリーにする方法を見つける。
これで本が読めるとテンションあがる。

19:00
子育てはあっという間で、10歳過ぎると友達と遊ぶようになり一緒にいる時間は減っていく。
やりすぎと思うくらい時間をかけよう、と話し合う。

20:00
自分がいない間は義両親がお世話をしてくれている。
大変さもあると思うがそれ以上に嬉しそうにしてくれている。

23:00
紅白を小さい音量で見ながら年越し。HANAの活躍を見届けた。


1/1

1:00
あけましておめでとうございます。
年越しそばを食べて入眠。

13:00
朝起きれないでいると、その間に沐浴が終わっていた(義両親がやってくれていた)。
戦力になれていない気がして寂しい。


1/2

3:00
何をしても泣き止まず、大変な夜。
立って抱っこして揺らしていても泣き続けている。これは大変だ。

11:00
沐浴。作業としてはだいぶ慣れてきた。


1/3

14:00
箱根駅伝が無音で流れているリビングのソファで爆睡。

15:00
唇についていた吸いだこが取れる。

21:30
みてねの1秒動画(スライドショーのようなもの)をシェアしたところ義両親がよろこぶ。
こんなに喜んでもらえるならシェアしてよかった。みてねが良いサービスといわれる所以に触れた気がする。


1/4

3:00
相変わらず夜は抱っこしながらソファで座り寝している。
その時用のエンタメを用意してたらわりと快適に過ごせた。将棋の勉強、WWDCの技術動画、バラエティなど。
Podcastだと目が暇だし、動画見るくらいがちょうど良い。


1/5

15:00
自分の家に戻ってきて仕事。リズムが掴めずダラダラと過ごしてしまう。
朝から動く予定だったがゆっくり寝てしまう。

16:00
従兄弟からLINE。生まれたことを連絡してくれよ、と言われる。
大好きだしお世話になった従兄弟なので申し訳なく思うが、出産の連絡自体をほとんど誰にもしてない。
なんとなく当然めでたいことです、という感じで連絡するのに気が引けるというか。


1/6

22:00
パートナーがみてねに写真をたくさんアップロードしてくれる。
こうして写真を共有しておくと見返しやすくてよい。

写真の厳選が大変らしく、それを助けるアプリを作りたいところ。


「ふつうに働けないからさ、好きなことして生きています」を読んだ

2026/01/06

ふつうに働けないからさ、好きなことして生きています」を読んだ。散歩がてら入った本屋さんで気になって買った一冊。仕事や心身についてのエッセイ集。

著者の方はワークショップやイベントで生計を立てており、主に扱っているのは「茶葉」「イラスト」「本」。これだけ聞くと関連のない3種のように見えるが、著者のなかでは「心を満たし元気にしてくれるもの」として一貫性がある。

いろんなジャンルに手を出しても良いんだろうか?これはここ数年自分の中でモヤモヤしていたこと。プロダクトマネージャーという肩書きで働きつつ、個人開発ではエンジニアとして振る舞い、日記を書いたりと文章にも興味がある。これらをつなぐ共通項もなかなか見えず、「フォーカスが大事」というビジネスシーンでよく聞く言葉を思い出しては悶々としていた。

この本の中にアンサーがあった。

でも、私の中では「その時にやりたいと思ったこと」という意味で、一本の筋が通っている。

でも「お金になるから」という理由でいろんなジャンルに手を出すのはNGだ。

(中略)

「お金になりそうだから」やっているのか、「好きなものがたくさんあるから」やっているのか。
つまり、どんな魂胆でやっているのか。そういう気持ちのエネルギーはこちらが思う以上に、受け手側にバレている。
私が買い手なら、やはり「好きだから」のエネルギーを放っているものを買いたい。

つまり共通項は確実にあり、それは「やりたいからやってる」ということ。そこがブレてなければ好きなことをしたらいい。
逆に「儲かりそうだから」という理由で色々手を出すのは下心が透けて見える。儲けることが悪ではないけど、そういう理由で作られた商品はなんとなく人の心には刺さらない。

さらに、幸せについて考えた以下の一文もとても良い。

「幸せな人生とは?」などと、時間を大きく捉えると悩みが発生するが、今この瞬間の幸せだけを細かく見ていればいいのだと思う。
仮に仕事がうまくいかなかったとしても、今この瞬間、自分のために一杯のお茶を淹れて丁寧に味わう。

「幸せはゴールではなく毎日のこと」と最近よく反芻してるが、この一文はその時制をさらに細かく分解している。

例えば自分は最近子供が生まれてお世話をよくしているが、それが幸せか?と聞かれるとなかなか回答が難しい。もちろん愛はあるんだけど、生活リズムが乱れて疲れが溜まったり、個人開発など自分の好きなことをやる時間は減っている。こう考えてしまうのは一定の連続した期間で答えようとしてしまっているから。

もっと細かい瞬間でみれば、子供の寝かしつけで替え歌を歌っている時も楽しいし、合間の時間で個人開発したアプリをリリースする瞬間も楽しい。「幸せに過ごせてるか?」ともし聞かれることがあれば、YES/NOではなくこういう瞬間のことを話すのが良い気がする。


友達と同じマンションに住んでいた

2026/01/05

家具のリプレースで大きめのお買い物。お金のかかる趣味がないのでこういう必需品はケチらず買っていいはずだが、高い買い物の後はフワフワする。高いといっても家とか車よりはもちろん安い。家買ったら一ヶ月くらい記憶がなくなるかもしれない。

前回フワフワしたタイミングを思い出すと、一人暮らしの引っ越しをしたときだった。その時住んでた場所も気に入ってたけど、友達と同じマンションに住んでみたいという理由で引っ越し。友達は家族で住んでたのでそれなりに良いマンションで、引っ越すことで家賃は1.5倍になり部屋は2部屋減った。そして初期費用も高く、契約した帰り道には本当に正しい選択だったのかと頭を抱えていた。

いま振り返ると引っ越しは大正解だった。まず毎朝一緒に散歩に行くようになって健康的な習慣が身についた。仕事前の散歩は体によく、その時のモヤモヤや悩みをお互いに話してメンタル面も軽くなった。当日朝起きて雨だと「雨やな」とだけLINEして再度眠る。気軽に集まったり中止したりできる軽やかさが心地よかった。

一人暮らしで暇を持て余していた自分をよく気にかけてくれて、外出や友人宅に行くときに誘ってくれた。面倒くさがりの自分だが誰かと一緒に何かするのは好き。この日行くけど空いてますか、という誘い方もありがたい。行ける日はほぼ同行させてもらったと思う。

引っ越しは大正解となったが、高いお金は初期費用としてかかるので、その真価は後にならないと評価できないのかもしれない。DIE WITH ZEROよろしく死ぬときにちょうど無一文が目標なので、変にケチって今享受できる喜びを手放さないようには気をつけたい。


「大人の幸せは静かだ」を読んだ

2026/01/04

大人の幸せは静かだ」を読んだ。実家への帰省時に乗り換えで50分待ちのタイミングがあり(田舎です)、本屋に入って読みたいものがないか探してるとアンテナにヒット。狙ってるわけではないが、最近は韓国の日常系エッセイをたまに読んでいる。

本を開いて最初に飛び込んだ文字は「幸せというのは魔法の城ではなく、夏にエアコンのかかった部屋でする昼寝だ」。この一文が示す通り、大振りの幸せではなくささやかな毎日を大事にするエッセイ集。「幸せになる」ではなく「不幸にならない」で生活を考える。

読後、一番心に残ったのは著者のおばあちゃんとの会話。

ばあちゃんが何よりうんざりしてるのは、いつかは遊べるだろうって思って生きてきたのに、ハァ、ようやく遊べると思ったらすっかり老いちゃったんだよ。

あたしは最後に笑う人生がいい人生だと思ってた。
でもね、いい人生ってのはしょっちゅう笑う人生だったのさ。

色々と本を読んで思うのは「幸せはゴールじゃなくて毎日」ということ。DIE WITH ZEROなどが言ってることと近しいかもしれないが、このおばあちゃんの表現はより心に刺さるものがある。

著者は共感性が高く、つい他人の不幸まで一緒に背負ってしまう。これは自分も似たところがあり、機嫌が悪い人が近くにいると自分に原因があるのではとビクビクしてしまう。私たちは会社や家族の問題には真っ先に反応してしまうが、それは問題解決が好きだからじゃない。解決されてない問題があると心がざわついて耐えられないからだ。

そして、他人の感情を背負う大変さを知ってるので自分の悩みを引き渡すのが苦手でもある。生きづらさはあるが、共感力が高いからこそ活躍できる場面もある。自分の特性を理解して疲れすぎないように立ち振る舞う。このあたりは『「静かな人」の戦略書』とも通じる部分がある。

最後に、著者が成功に囚われすぎたことを省みた一文。

僕は本気で成功した人生を歩みたくて、絶対に失敗しちゃいけない生き方を追求した。
僕がなるべきだったのは失敗してもいい存在だったのに。

以前千鳥の大吾が麒麟・川島のことを「この人にはなりたくない。だって一度もスベられない芸人だから」と言っていた。ヒットを打ち続ける人生はしんどい。当たったりハズレたりを繰り返しながら、それを楽しめるのが望む人生の姿かもしれない。


個人開発の状況を振り返る

2026/01/03

年末に2025年に読んだ本のまとめを書いたところ友人が読んでくれ、それならこれも良いのではと数冊オススメ本を教えてくれた。ありがたい。自分のことを書くとこういう嬉しいことがたまにある。早速ポチったので到着が楽しみ。

最近は個人開発のエコシステムについて調べている。個人開発はここ数年かなりの盛り上がりを見せており、現在ではいろんなアプリ・Webサービスが乱立している。個人開発で食べていけてる人の多くはこのブームより以前から開発をしている。

最近のサービスはどれもクオリティが高く、個人でそこまで作り込むのはなかなかハードルが高い。5年前くらいならそれなりのデザインでもユニークさがあれば受け入れられた。そうしてユーザーを獲得した開発者たちは、要望に応えてさらに便利に磨いていくことで自分たちのファンを確立した。

さて、自分はもう15年くらい個人開発をやっているが、こうしたファンを確立できているアプリはほとんどない。いくつかのアプリはスマッシュヒットしたが、その規模を大きくするところに興味を持てなかったのが正直なところ。規模を大きくする過程で自分がユーザーのアプリじゃなくなるタイミングが来る。例えば自分はこうしたいけど、ユーザーから反発があるからやめておこう、みたいな判断。自分の思う便利にこだわりすぎたことがブレーキの一因となったと思う。

振り返って反省したところで、じゃあどうするか?この個人開発の早期参入のメリットと同じことが、今後AIでも起きていくと思う。なのでAI開発にかける時間を増やそうとフリーランスになった。方向性は定めたので、あとはやるだけである。

ちなみに個人開発のビジネス化に興味を持てなかったのは、会社で働くことを嫌だと思ったことがなかったというのも理由としてある。色んな人と交流するのは楽しいし、社会問題を解決するようなサービスは会社にいてこそ作れると思っていた。その考えも悪くはなくて、会社にいたからこそ出会えた人もいるし、勉強会の主催や海外登壇など貴重な経験もたくさんさせてもらった。

その時々で興味があることをやりたいというのは昔からある。勉強会、個人アプリ、登壇、機械学習、チーム開発、プロダクトマネージャー、文章、再び個人アプリ。前進してればテーマはなんでもいい。情熱をなにかに注げることが一番喜ばしい。