木こりのジレンマ

2025/05/06

ある木こりが刃こぼれした斧で木を切っている。通りがかった旅人が「刃を研ぐともっと早く木が切れるよ」とアドバイスすると、木こりは「木を切るのに忙しくて、そんな暇はない」と答える。木こりのジレンマと呼ばれる寓話で、目の前の作業に集中するあまり全体の効率を下げてしまう現象を表している。「全体を見て業務改善の時間を確保しましょう」というのが教えだが、現実ではもう少し問題は難しい。刃を研いでも木を切る速度があがらなかったり、刃を研ぐつもりが実はそれは柄を装飾する行為だったりと落とし穴がいくつもある。

生成AIが注目されていて、自分の仕事にどうAIを組み込むかを誰もが考える。毎日「マーケターの仕事は終わった」「これからはAIに作ってもらう時代」という言説が飛び交い、なんだかそれっぽいデータや動画が添えられていたりする。AIが今後本流になることに疑いの余地はない。では目の前の仕事に導入していこう・・となると途端に何をやればよいか分からなくなる。それっぽいツールはあるが、学習して現場で使えるレベルまで習得するにはコストがかかる。そのコストに見合う対価が得られるかはやってみるまでは見えにくい。目の前の仕事を棚に上げてそこに投資して良いのか?この判断にはバランスが求められる。

AIはトレンドのキャッチアップだけでもエネルギーを消費する。エンジニア目線での自分の考えとしてはChatGPTを汎用壁打ち相手に使い、CursorのAIエージェントで実装を丸投げするような体験を理解できてれば今のところはOKだと思っている。勉強のために色んなツールを触ったり自作してみたりするのは良いこと。しかし現場で役に立てるものをというと今時点ではそこまで多くはないと思っている。ChatGPTの代わりにGeminiやClaudeを、Cursorの代わりにClineやWindsurfを使っても勿論良い。このあたりはすぐに差が埋まっていくので好みで選んで大丈夫。やることが山積みなのにツールの比較に時間を費やしすぎないこと。やるべきタスクを効率的に捌く手段としてAIを活用する。繰り返しになるが、勉強やAIの理解のために各種サービスを比較するのは勿論良いこと。

エンジニア以外はどうか?たとえばプロダクトマネージャーが新機能の仕様を考える際、どういう機能を作るべきかは代わらず人間が考えることになる。AIに任せるのは過去のインタビューの整理、競合調査、技術的な実現可能性、利用データとの照合、会社の方針と合っているかの確認などのタスクが考えられる。これらをAIに効率的にまとめさせ、人間のインプットとする。それを受けて仕様をざっと書き出し、またAIに依頼して整形してもらう。今思いつくのだとこんな感じになるだろうか。エンジニアの仕事と比べて分解したタスクの一つずつを渡しているような感覚になる。ここで注意したいのがこれまでのやり方が今後も本当に最適解なのか?という視点。人間がやるのとAIがやるのではルールが違う。仕様書を丁寧に作らなくてもAIアシスタントを介せばエンジニアに伝わるかもしれないし、開発速度が上がって機能の優先順位を考えずとも並行で5-6個の機能をリリースできるかもしれない。人間のやり方にAIを合わせるのではなく、AIに適したフローにどこかで作り替えるのも選択肢としてはある。

こうやって考えているとまた手を着けづらくなってきた。自分のポリシーとしては理論より実践、絵空事より目の前の仕事を着実にこなす方が偉いと思っている。目の前の仕事のネックになっているのはどこかを考える。それが仕事量ならAIを使って効率化するし、ユーザーが獲得できてないことなら新機能をバンバン作って魅力を上げる。AI時代でも依然大事なのは課題発見と仮設思考。アプローチの方向が見えた上でAIを学ぶ分にはそこまで時間はかからない。本当に困っていることなら学ぶモチベーションも高く保ちやすい。まずは緊急度の高い課題でAI導入をフットワーク軽く試し、小さく手応えを感じるところから始めるのはどうだろう。