「不完全主義」を読んだ
「不完全主義」を読んだ。放っておくと効率的に、生産的に、完璧にこなそうとしてしまう私たち。しかしそれには際限がなくてやがて疲れてしまう。完璧じゃない自分を受け入れ、その上で大事にしたいことを選んでいきましょう、という本。
著者の前作「限りある時間の使い方」は日本でもヒットして自分も読んだが、これはそんなに刺さらなかった。一言でいうと「タスクをもっと効率的にこなす、という発想をやめましょう」という本で、その考えは少し前から自分のなかにあったからだと思う。今回の不完全主義のテーマは「完璧主義を手放しましょう」。これは自分にとても刺さるメッセージだった。
完璧主義とはどういうことか?例えば街を歩いていてホームレスに小銭を募金しようとする。しかしそこで「いや、支援団体に寄付した方がもっと効果的だと聞いたことがあるな・・」と出しかけた手を引っ込める。そして結局支援団体を探すこともなく終わってしまう。
この時問題なのは自分の性格ではなく、行動しようとした気持ちを止める自分の中の完璧主義な部分だ。「もっと効果的に」「最善の方法を」そう考える自分が行動を止めてしまっている。
完璧主義を手放すというのは無計画に生きるということではない。計画はあっていいし長期的な目標もあっていい。ただ、今この時間を過ごすことを大事にする。その計画が成功したら自分の素晴らしい人生がスタートするのではなく、すでに今目標を追いながら自分の人生を営んでいると考える。
それでも自分の仕事のアウトプットや成果の質が気になって仕方ないときは量を意識する。たくさん出すことを考えればいつまでもひとつの品質にこだわってはいられない。たとえば毎日15分日記を書いたり、新しいことを学んだりすると定常的にアウトプットできるようになる。ただし、ここでも「自分で決めたんだから絶対毎日続ける」という気張りは必要ない。「だいたい毎日」続けばいい。できなかった日があっても、その翌日また再開したらいい。
完璧主義者は新しいことを始めるのが大好きで、やがてそれが自分の理想から離れていくと歩みを止める。その何かが思い通りに進むことはない。例えばWebサービスを作っていてもユーザーのフィードバックに応えるうちに思ってもない方向に行ったり、作っていても楽しくない機能が増えてきたりする。自分の描いた通りの完璧に近づける必要はなく、将来をコントロールせずに身を任せればいい。
その他、特に心に残った一節をメモ。
- インスタグラムをだらだら眺めてしまうのは「決めたことをやらなければ」と無理をしたストレスからの逃避
- 毎日3-4時間は誰にも邪魔されない時間を作り、他の時間は日々の雑多な混乱を受け入れる
- 親切にしたいと思ったら、すぐに行動に移す
- いつだって、ただ次の瞬間だけを考えればいい。「次にすべきこと」にベストを尽くしていればいい
- 情報を追うだけなら、1日に10分もあれば事足りるはず。それ以上画面をスクロールしつづけても不安や無力感が増すだけで、何より実際に行動を起こすための時間が食いつぶされてしまう
限りある自分を受け入れ、そのなかで大切なものを見極められる目を持ちたい。