ひとつのテーマを深く学ぶ
検索したりAIチャットに聞けばなんでも教えてもらえる時代だが、ちゃんと理解するためには今でも時間をかけて学ぶ必要がある。例えば最近「MCP」というものを調べていた。これはAIが他のツール(チャットやカレンダーなど)と連携する仕組みをまとめたもので、概念としては新しい。AIに聞けば分かったような気になれるが、本当に理解するには大元のドキュメントを読み、自分で手を動かして何ができるのかを確認する。時間をかけて向き合うことが求められる。
時間をかけて学ぶ必要があるのは変わらないが、向き合うための手段は増えている。例えば今回MCPについて調べるとき、MCPについての記事をAIに渡して20分程度のラジオにしてもらい、散歩しながらそれを聞いて最初のキャッチアップとした。手を動かすときもゼロから自分でコードを書いたりはせず、AIと会話のラリーをしながらプログラミングを進めた。学んだ内容をブログ記事などにまとめる場合も、実際文章を書くのはAIで自分は方向性やトピックをナビゲートするだけで良い。いろんな角度からChatGPTに聞くこともできるし、アプローチする手段は増えている。自分好みの方法を探したら良い。
ただし、じっくり腰を据えること自体の難易度はあがっている。スマホでAIに聞けばすぐ分かった気になれる時代に、机に座って2時間調べ続けるのは難しい。XのバズポストやYouTubeショートに慣れ切った私たちの集中力はどんどん短くなっている。腰を据えて調べていくとき、「Deep Diveするぞ」と自分に宣言して机に向かう。Deep Diveは深く掘り下げるという意味。AppleがiOSの新機能を発表するときによく使っていたフレーズで、なんとなく気に入っていて最近よく使う。何でもすぐ回答がもらえる時代に非効率な気もするが、根本的な部分を理解しているのが結局早いことを信じたい。
日記を194日間続けて書いている
毎日日記を書いて公開するというのを8月に初め、今日で194日目らしい。その時に考えていたことや面白かった本の紹介など内容に一貫性はないが、自分の脳内をダラダラ書くというトライなのでそれは良いとする。書きたくてメモしていたテーマはほとんど使い果たし、いまは何を書くかその日その場で考えることも多い。ライターをやっていた友人曰くネタがなくなってからが勝負とのこと。確かに明確に書くものがないと自分の内面を絞り出して書くので、書きながら新しい発見があったりしてそれは面白い。
最近は読書よりもAIを試すのが面白く、余暇の時間もプラグラミングに当てている割合が多い。そうなるとAIがすごいとかAIでこんなことをできるとか、本人にとっては感動でも触ってない人からするとまったく共感できない謎の日記を書き続けてしまう。でも時代の変わり目にいるとは思うので、それをこうして記録に残せるのは少し面白い。コロナ禍のとき、友人とやってるPodcastで「今話してる内容はあとで振り返ると面白いよね」と言いながら当時の生活の変化を色々と話していた。まだコロナは記憶に新しいので振り返ってはいないが、そうして変曲点を書き留めることには意味がある気がする。
AIでいうと、自分のことを理解してもらうためには自分にまつわる情報が必要になる。Xでもブログでもソースコードでも何でも良いが、AIにインプットできる自分の表現を用意しておくと将来的に面白いことができそうだ。AIアシスタントに教えてベストなサポートをしてもらうのか、自分の分身を作って並列で作業を進めるのか分からないが、自分好みにチューニングしたい気持ちは必ず生まれる。このサイトでもデザインや個人開発についての意見をつらつら書いているが、そういう箇条書きでは表しにくいニュアンスを読み取ってもらえると自分のことを理解してもらいやすくなる。
AIエージェントに頼りすぎて自分の頭を使えなくなってきている
AIエージェントに指示を出してソースコードを書いてもらい、それがちゃんと期待通り動いているか確認までしてもらう。これは未来の予想ではなく現時点で十分実用的になっている。自分はCursorというAIエディタを使っているが、遅かれ早かれ似たようなサービスが各分野に登場する。マーケのAI、セールスのAI、デザインのAI。実装する速度は本当に10倍早くなるのでアイデアに溢れる人には良い時代かもしれない。思い浮かべたもの、自分が欲しいものを簡単に作れるようになる。プログラミング自体が好きだった人には物足りない時代かもしれない。チャットでAIに指示を出すだけというのは、これまでのソフトウェアエンジニアの体験とあまりに違う。
さて、現時点ではまだまだ人もコードを書く状況だが、開発していてエラーになったらAIに聞くようにしている。エラーの理由、どう修正すれば良いかの方針決め。ほとんどの場合はすぐに解決できるが、週末コードを書いていると穴にハマり、まったく前進できなくなってしまった。やりたいことをAIに伝えても修正できない。AIはネットを調べて無理やり修正しようとするが、それも間違っていて、なんとか動かそうと別の策を試して、それも違っていて…という感じ。結局2時間ほど試行錯誤したが解決できなかった。
今時点ではこういうことは普通にある。怖いのはAIの能力不足ではなく自分の方で、エラーになるのに何度も似たような指示を出してうまく行かないか見守るようになってしまった。以前であれば自分で解決するしかないので原因を分析して、考えられるパターンを出して、ひとつずつ試すことをしていたはず。複雑なプロジェクトで起きるエラーは理由が分かりにくい。シンプルな別プロジェクトを作り、そこで問題がありそうな処理をひとつずつ移植して動くかを確かめ、原因を追求するのがよくある手順だったはずだ。
しかし今では、この別プロジェクトを作って試す工程が面倒くさく感じてしまう。AIへの聞き方を変えたり情報を追加で与えたらすぐ出来そうだな、という目先の誘惑に抗えない。トータルでは実装の速度はかなりあがってるのだが、自分の頭でいうと深い思考ができなくなってるかもな、と実感する機会となった。
ちなみにこのエラーは翌日に解決した。シンプルな別プロジェクトで試したら30分くらいで解決した。AIが解決できなかったのはこのエラーについての情報がインターネット上にあまりないことが影響してそうだ。AIの性能はどんどん上がっているが、人間が質の高い指示を出せるかどうかも生み出されるものに影響する。
本当に興味のある本しか読めない
友人が勧めてくれた本を読んでいるが、なかなかページが進まない。最近あまり読めてなかったので読書体力が落ちたかな?などと思っていて、今日ふと別の積読本に手を出すとスラスラ読めた。けっこう太めの本だがもう半分くらい読んでいる。この違いは何かというと、その本のテーマに自分が本当に興味を持っているかどうかだと思う。
小説よりはエッセイや実用書をよく読んでいるが、読書しててアガるのは「この感情や状況をよくぞ言語化してくれた」という瞬間。そのためにはまず自分で試し、うまくいかないながらも試行錯誤しておく必要がある。そうして自分のなかで曖昧な部分ができていき、それが見事に言語化されたときに感動する。自分が門外漢だったり、ちょっと興味がある程度ではあまり深い読書体験にならない(自分は)。
世の中広くて知らないことばかりである。そして新しいことを知るのは面白い。好奇心のままに色々手を出して関心のエリアを広げ、困ったり迷ったら本から先人の知恵を分けてもらう流れが定着すれば人生で良いサイクルが回り始める。積読は恐れなくていい。いつかその本を読むタイミングが来るので、そのときに味わって読めば良い。逆に読みかけの本も、自分に合わないと思えばすぐにやめて違う本を読み出してよい。ブックカバーをつけて大事に読んでもいいしペンを持って書き込みながら読んでもよい。読書は自由で、自分のためになればどんな形でも許される。
ナンバーワン以外は覚えてもらえない、という言説
ナンバーワン以外は覚えてもらえないという話がある。日本で一番高い山は富士山、では二番目に高い山は?と聞かれると分からない。一位は覚えてもらいやすく、商品を選ぶときに最初に思い出されると選ばれやすく有利であるというもの。ただ競争の激しい分野で一位になるのは難しい。そこで、自分たちが一位になれる分野を作る。コーヒーでは無理でもデカフェ専門のコーヒーショップなら一位になれるかもしれない。カメラアプリでは無理でも女子向けのデコれるカメラアプリならナンバーワンになれるかもしれない。こんな感じで分野を細分化し、自分で有利なフィールドを作り出す。
こういった類の話はかなり昔から言われているが、最近はこの細分化がより細かくなっている気がする。月9のドラマをみんなで見るのではなく、YouTubeで好きなチャンネルを各々が見る。興味や嗜好の細分化により、人の好きなものはどんどん多様になっている(元々多様だったのが可視化された、が近いかもしれない)。特定領域ではナンバーワンになりやすくなっているが、細かすぎると母数が少なすぎて事業として成立しないのでバランスが難しい。ニッチではあるけどある程度それに興味を持つ人がいるポイントを狙う。そしてナンバーワンになれるだけの価値あるものを作ることが最初に必要となる。
大学の就活時代、どこかの会社の人が冒頭の富士山の例を使っていた。会場の学生に対して「じゃあ二番目に高い山を分かる人はいる?」と聞いたところ、最前列の学生がまっすぐ手を挙げて「北岳です」と言った。彼は山岳部だったらしい。その会社の方は予定通りに進められず戸惑っており、その様子がなんだか面白くて印象に残っている。その分野が好きな人であれば、一番目以外も覚えている。