「大人の幸せは静かだ」を読んだ
「大人の幸せは静かだ」を読んだ。実家への帰省時に乗り換えで50分待ちのタイミングがあり(田舎です)、本屋に入って読みたいものがないか探してるとアンテナにヒット。狙ってるわけではないが、最近は韓国の日常系エッセイをたまに読んでいる。
本を開いて最初に飛び込んだ文字は「幸せというのは魔法の城ではなく、夏にエアコンのかかった部屋でする昼寝だ」。この一文が示す通り、大振りの幸せではなくささやかな毎日を大事にするエッセイ集。「幸せになる」ではなく「不幸にならない」で生活を考える。
読後、一番心に残ったのは著者のおばあちゃんとの会話。
ばあちゃんが何よりうんざりしてるのは、いつかは遊べるだろうって思って生きてきたのに、ハァ、ようやく遊べると思ったらすっかり老いちゃったんだよ。
あたしは最後に笑う人生がいい人生だと思ってた。
でもね、いい人生ってのはしょっちゅう笑う人生だったのさ。
色々と本を読んで思うのは「幸せはゴールじゃなくて毎日」ということ。DIE WITH ZEROなどが言ってることと近しいかもしれないが、このおばあちゃんの表現はより心に刺さるものがある。
著者は共感性が高く、つい他人の不幸まで一緒に背負ってしまう。これは自分も似たところがあり、機嫌が悪い人が近くにいると自分に原因があるのではとビクビクしてしまう。私たちは会社や家族の問題には真っ先に反応してしまうが、それは問題解決が好きだからじゃない。解決されてない問題があると心がざわついて耐えられないからだ。
そして、他人の感情を背負う大変さを知ってるので自分の悩みを引き渡すのが苦手でもある。生きづらさはあるが、共感力が高いからこそ活躍できる場面もある。自分の特性を理解して疲れすぎないように立ち振る舞う。このあたりは『「静かな人」の戦略書』とも通じる部分がある。
最後に、著者が成功に囚われすぎたことを省みた一文。
僕は本気で成功した人生を歩みたくて、絶対に失敗しちゃいけない生き方を追求した。
僕がなるべきだったのは失敗してもいい存在だったのに。
以前千鳥の大吾が麒麟・川島のことを「この人にはなりたくない。だって一度もスベられない芸人だから」と言っていた。ヒットを打ち続ける人生はしんどい。当たったりハズレたりを繰り返しながら、それを楽しめるのが望む人生の姿かもしれない。