「それがやさしさじゃ困る」を読んだ
「それがやさしさじゃ困る」を読んだ。子ども世代との関わりかたや、親目線で気づきにくいことなどを鋭い視点で語っていく教育エッセイ。
本書を通じて最も印象に残ったのが「内面化」。たとえば子どもが学校に行けなくなったとき、それ自体は大きな問題ではない。いまどき学ぶ方法はいくらでもあるし、友人を作り社会性を身につける方法は学校以外にもある。しかし親が「学校に行けなくてマズイ」「どうしたら学校に行く気になってくれるか」という態度を取り続けていると、「あぁ自分は学校に行けないダメな子なんだ」と子がその価値観を内面化してしまう。心配せずとも子どもは十分に生きる力がある。過度な心配はその伸びる力を抑制する方向に働いてしまう。
親ができることは、せいぜい子どもにとって安心できる場所を作ることくらいだ。家に帰ってきた第一声が「テストの成績はどうだった?」という成果を確認する一言では気が休まらない。「おやつあるよ」とか「今日ご飯何にする?」とか、子どもがただそこに居られるような声かけが望ましい。子どもを良くしようとするのではなく共にある。コントロールせずに環境づくりに意識を回すべきである。
コントロールでいうと、子どもを「褒めて伸ばす」ことについての言及も面白い。褒めることには効果があるが、そこには親側の本当の感動が含まれていないといけない。勉強する子になって欲しくて「勉強しててえらいね!」と声かけをするとき、そこに本心がなければ子どもに看破される。上澄みの言葉で子どもたちが動くことはない。本当にすごいと思ったら言えばいいし、そうじゃなければそのように接すればよい。
子どもを理解しようとする親の態度については、それ自体は良いことだけど、子どもの本質を自分の理解できる範囲に押し込めようとしてしまうと逆に害になってしまうという。親と子は距離が近いけど異なる人間で、すべてを理解はできない。自分の理解できる範囲に持ち込んで相手をコントロールしないように注意する必要がある。
ここまで書いたのは「子どもを子ども扱いしない」ことの大事さともいえる。しかし、大人とまったく同じように接すれば良いというわけでもないのが難しい。例えば進路で「あなたはどうしたい?」と聞くとき、子どもに決断させて責任を取らそうとする親の構えがある。しかし多くの場合はまだ何かを決められる段階ではなく、周りのサポートが必要になる。子どもを中心に考えつつ、そのケアも親側は考えていかないといけない。