「虚弱に生きる」を読んだ

2026/01/10

虚弱に生きる」を読んだ。著者は20代だが体力は老人並みで、体力がない状態で過ごす生活がどのように見えるかを綴ったエッセイ本。これがとても面白かった。

体力がないといっても病気ではなく、いろんな診断を受けても病名はつかない。なので虚弱代表として筆を取ることには気が引けてたが、ふとしたきっかけで「虚弱界隈」という言葉が生まれ、世の中の体が強くない人たちからの共感を集めている。自分も体調に自信がない時期が長かったので(今は元気)、部分的に自分と重ねながら一気に読んだ。

体力がないと「時間」がなくなる。それはたくさん寝ないといけないし、自分のコンディションを保つための運動などに時間を割かないといけないから。運動が大事なのはみんな一緒ではあるが、著者の場合はマイナスをゼロにするために運動が必要。筋トレやストレッチをしてようやく他の人の何もしていない状態と並ぶのだ。ジムに行けたら行って、身体を仕上げるプラスの行為とは前提が異なる。

時間がないと「お金」がなくなる。週5日×8時間働くというのがそもそも難しい。著者は専業のライターで、周りから「自分の仕事で食べていけて立派」と言われるらしい。しかし本来は働きながらの兼業でもできるだけの仕事量で、それなのに専業にしないといけないくらい体力がないのだと著者はいう。本の中には実際に年収も記載されている。

虚弱エッセイを書くと寄せられるのが、中年を超えて体力が落ちた人からの共感の声。しかしそれは「全盛期」があった人の話で、最初から虚弱であった人とは事情が異なる。20-30代で元気だった人はその間に蓄えた資産がある。それは仕事のスキルであったり人間関係であったり様々だが、そういう経験が土台にある上での体力低下と同じに語ることはできない。

なので単純に自分と比べるのは失礼になるのかもしれないが、著者の方の生活の整え方はとても素敵で真似したくなる。例えば自炊を時短するために野菜を冷凍し、それをお湯で戻す味噌汁づくりを導入したがどうにもテンションがあがらない。それは「自分の身体を自分で作っている」という手応えがないからで、自炊でこの手応えを実感することが自分にとって大事なことに気づく。

最後に、後半に出てくる一節を紹介。

だから私は、体力がなくても、お金を稼げなくても、独り身でも、それなりに幸せな女になってみたい。これが現時点で考えうる限り最も報われる形である。

自分のいまの環境を見つめて向き合い、受け入れる。それを経た人にしか出せない覚悟がこの一文に表れていると思う。